COLUMN

2011.03.01田口 智博

シリーズ「イノベーションの鍵」#2経験をステップに新たなチャレンジ

 先週末、京都北部の南丹市へ足を運び、パラグライダーが行われている現場を目にする機会があった。「パラグライダー」と聞くと、人が空を飛ぶといったことはすぐ想像できるものの、事細かなところまでイメージできる馴染みある人はそう多くないように思う。実際、(社)日本ハング・パラグライディング連盟の会員登録者数は1万人少しというから、その規模はおおよそ掴める。
 パラグライダーに間近で接してみると、高台での風の向きや強さを捉えて、キャノピーと呼ばれる翼を空高く立ち上げ、離陸に備える。そして翼の揚力を活かして、人が空中へ飛び立ち、手元で操縦をしながら目標の着地点まで到達する様は、他ではなかなか目にかかれない圧巻のスケール感であった。

 今では、パラグライディングというスポーツの一種になっているパラグライダー。訪問したスクールのインストラクターの人の話では、『山登りの帰りは大変だから、もっと楽に下りることができたら』という熟練の登山家の想いがもともとのきっかけで、今のようなスタイルに至るそうだ。日本で本格的に普及し始めたのは今から25年前の1986年といい、現在でも技術や機材など年々進化し続けているという。
 従来、山と言えば登った後はまた徒歩で下りることが当たり前であったが、そこに空中を飛んで下りるという新たな選択肢が加わったことは、その当時、革新的な出来事であったに違いない。
 このように当然だとみなしがちである常識を再考してみる。そして、実際に新たなチャレンジをしてみる。イノベーションを生み出すためには、そうした姿勢が大切であるということに気づかされる。

 ところで、私が大学時代に専攻していた研究では、有機合成の実験に日々取り組んでいた。基礎研究という位置づけではあったが、新薬などにつながる素材を創り出すというテーマであった。この研究の中では、触媒を使わずに物質同士をくっ付けることができないかなど、これまでの常識にとらわれないアプローチをしていた。
 ただ、当時はなにぶん学生という経験のなさもあり、とにかく時間の許す限り実験の数をこなすことが求められる環境に身を置いていた。今考えてみると、学生時代は行動力がある一方で、知識や経験が伴わず、知恵を働かして取り組むというところまで至っていなかったように感じる。新たなチャレンジも当然ではあるが、知見などを踏まえず力技だけで成し遂げることは容易くない。

 イノベーションにつながるような小さな芽は、研究や生産の現場、顧客や市場の接点にあるといわれることが多い。前回の中間さんのコラムにある、「現場の知」「実践の知」を大事にすべきということは、まさにそれにあたる。
 その芽を大きく育むためには、身近な常識を再考することがまず第一歩になるはずだ。その上で、これまでの経験を踏まえつつ、それが新たなチャレンジの幅を狭めないようにしていくことがポイントになってくるであろう。イノベーションという、まだ誰もやったことがなく、成功していないこととなれば、それに向けたチャレンジ精神はおのずと高まり、創造する楽しさはそもそもあるのだから。
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