COLUMN

2013.04.15中野 善浩

おじいちゃん、おばあちゃんが担う島の未来

長崎県五島列島の北部にある小値賀町。大小17の島からなり、人口は約2,800人。佐世保からフェリーで2時間半の距離にあり、他の離島と同じく、人口減少と高齢化は著しい。しかし他に先駆けて、未来への兆しも生まれてきている。町へのアイターン移住は、ここ10年ほどで100人を上回った。出生数も増加に転じた。その原動力のひとつになったのが、民泊による観光で、7軒での民泊が本格的にスタートしたのは2006年。そう遠い昔のことではない。
 
民泊とは、一般家庭に旅行者が宿泊することであるが、小値賀町の大きな特徴は、教育旅行に重点を置き、受け入れる側が、やってくる子供たちを家族同様に扱うことにある。子供たちと一緒に海に出かけて魚を釣り、さばき方を教える。畑で汗を流し、カマボコなどの郷土料理を一緒につくる。ともに食事をし、じっくり話し合う。近年、体験型観光への人気が高まっているが、一連の手順として提供されるサービスが多い。しかし小値賀町では、ありのままの暮らしを送ることになる。
美しい海に囲まれ、比較的平坦な島には、まとまった農地がある。海の幸、陸の幸の両方がある。島や集落もそれほど大きくはなく、どこに自分がいるのか容易にわかる。小さな商店街はあるけれど、どの店も控えめで、積極的な売り込み姿勢はほとんどない。何でも手に入る都会のような便利さはないが、欲求を煽るものはない。大きな仕組みに囲まれるのではなく、ほどよい空間の中で解放される感覚がある。裏を返すと、できることは自分でしないといけない。
 
凡庸な表現であるが、小値賀には、古き良き日本の現在進行形があるように思う。寄せ集めで構成される都会の生活とは対称的に、自然と向き合い、しっかりと地に足を着けた暮らしがある。自分の手が届く、まとまりのある暮らし。それが国内の子供たちだけではなく、海外の子供たちにも高い満足を与えるのだろう。民泊を中心した宿泊者数は年間1万数千人に達し、2億円を超える経済効果を生み出すようになった。そして一般民家での民泊に加えて、現代的に再生された古民家での滞在など、島の暮らしを楽しむ旅は、奥行きを深めつつある。
 民泊で主導的役割を果たしているのは、おじいちゃん、おばあちゃんと呼ばれる人たちである。土地のことを知り、多くの経験があるからこそ、地に足が着いた暮らしができ、民泊のような新たな動きを取り込みながら、豊かさに磨きをかけていく。古く良き日本を守りながら、現在進行させているのは、おじいちゃん、おばあちゃんである。
 いま日本では、どうやって高齢者を支えていくかが大きな問題だと言われている。しかし高齢者は支えられるだけの存在ではなく、社会を支える側に回ることもできる。また、高齢者といった分類でひと括りにするのではなく、周囲との関係のなかで、具体的な個人として接していく姿勢も大切なはずである。小値賀町のように、望ましい未来は、一人ひとりのおじいちゃん、おばあちゃんの暮らしの積み重ねの先に現れてくる。
 
3月末に小値賀町を訪れた。島の高校に赴任していた先生が、異動で島を去る場面に遭遇した。埠頭には、ほぼ全校生徒が集まり、先生の乗る船を見上げている。門出の音楽を演奏する吹奏楽部。感謝の言葉の横断幕。色とりどりのテープが投げられる。船が出航すると、生徒たちは埠頭を伴走し、まもなく男子生徒たちは埠頭の先から次々と海に飛び込んでいく。船が島から遠ざかっても、送る側も、送られる側も、相手の姿が見えなくなるまで、ずっと視線を送っていた。これも、古き良き日本の現在進行形だろう。
 
 
 
 
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