COLUMN

2014.07.01中野 善浩

病みつきへの第三の道、ダシ

世界的に肥満者が増えている。この5月に発表された、米国ワシントン大学の調査によると、2013年時点での世界の肥者ないし体重過剰の人の割合は29%に上るという。数に換算すると約21億人で、とてつもない数である。
肥満の原因は食べ物の過剰摂取であり、なぜ過剰摂取が起こるかというと、病みつきなる食べ物が存在するからである。なかでも油脂と糖分は、病みつきになりやすい。どちらも人間にとっては不可欠なエネルギー源であるため、油脂や糖分を摂取すると、脳のなかで快感を引き起こす神経伝達物質が分泌される。報酬系が活性化するのである。病みつきになり、ともすれば肥満に向かおうとするのは、人間が持って生まれた性質である。
食事はプライベートな行為であり、外から制限することは難しい。だとすれば、別の選択肢を提供することで、肥満を解消する方向を用意することが重要になる。その可能性を持っているのが、ダシ(出汁)である。油脂にはかなわないものの、糖分と匹敵するくらい、ダシには病みつき状態を引きおこす力がある。近年、そのことが科学的に明らかにされてきた。すなわち、人々の病みつきの志向を、ダシのきいた野菜料理や魚料理などに向けることができれば、油脂や糖分への摂取量を減らすことができる。結果的に肥満を減らすことができる。日本人の平均寿命が世界のトップクラスにあるのも、ダシをつかった和食に負うところも大きいはずである。
 
ところが長期的にみると、日本では食生活の洋風化ないし多様化が進み、ダシをつかった和食を食べる機会は減ってきた。それは病みつきに至るルートの違いに関係している。油脂や糖分は、報酬系を通じて即効的に病みつきになるのに対し、ダシは後天的な経験や学習を通じて病みつきになるのである。ダシのおいしさは、旨みと風味によって構成されるが、風味は臭覚との連携のなかで認識され、そして、臭覚に対する感覚は経験のなかで形成されていく。納豆の匂いが好きな人もいれば、そう感じない人もいる。つまり、ダシのおいしさは繰り返し味わうことで、感じ方が深まっていくのである。短期志向化する社会には、時間をかけて味わいを深めていくというスタイルは必ずしもそぐわない。
 
しかし、いまこそ長期視点に立って、ダシを再評価し、その可能性を世界中に伝えていくことが重要だと思う。上述したように、ダシは肥満を回避する有力な選択肢になる。そのうえダシには、高血圧の抑制、消化促進、疲労改善、精神の安定など、健康に好影響を及ぼす諸機能があることも解明されつつある。ダシを使った料理の微妙な味わいを楽しむことができる。そのような感覚を身につけることは、人間としての繊細や深みに結びつくだろう。
ダシは、油脂や糖分に続く、病みつきの第三の道になる。第一第二の道と違い、第三の道はポジティブな病みつきである。和食の大きな特徴は、海外から伝来した多種多様なものを取り入れ、形を変え続けてきたことにある。長い歴史なかで、ダシは基本中の基本として残ってきた。残るからには、それなりの理由があった。それは、おいしさであり、健康への好影響なのだろう。
 
京都の経営者の方々と接する機会が多い時期があった。かなりのご高齢であっても、非常に元気な方々が多かったという印象がある。違いの分かる経営者の方々は、ほどよくダシのきいた、おいしい和食を召し上がる機会も多いのだろう。いきつけの店、病みつきの味を数多くお持ちのはずである。
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