研究員コラム

2018.01.01中間 真一

こしらえる未来

~ VUCAの時代はRIKTSUじゃない ~

あけましておめでとうございます。
VUCAの時代は、ますます本格化が進みそうですが、溢れかえる情報に流されず、HRIは未来洞察を続けます。今年も、よろしくお願いいたします。

正月らしく、今年の干支「戊戌(つちのえ・いぬ)」。見た目は瓜二つの二文字ですが、意味はそうではないようです。「戊」の字は、草かんむりを付けて「茂」と書くとわかるように、成長の絶頂期を。一方、「戌」は終焉を意味するとのこと。こういう組み合わせでは、かなり激しく相互の性質を高め合うが、最後にどちらになるかはビミョーなのだそうです。まさに、Volatility(不安定さ),Uncertainty(不確実さ),Complexity(複雑さ),Ambiguity(曖昧さ)、VUCAの時代を象徴する今年なのです。

 こうなると、手をこまねいて未来を待つしかないのでしょうか。それとも、なんとか未来の予測精度を上げるためにもがくのか。私は、どちらでもなく、想像力と工作力と共感力で「未来屋」の腕を見せるべきだと考えます。
あの、経営学の神様ピーター・ドラッカーさんは言いました。
The best way to predict the future is to create it.
(未来を予測する最良の方法は、未来を創ることだ)
あの、パソコンの父アラン・ケイさんも言いました。
The best way to predict the future is to invent it.
(未来を予測する最良の方法は、それを発明してしまうことだ)
「創造する」、「発明する」、未来は「こしらえる」ものだと。
そこで、お屠蘇気分で私も言ってしまいます。
The best way to predict the future is to believe it.
(未来を予測する最良の方法は、それを信じることだ)
予測する未来よりも、創り出す未来、信じきれる未来、そういう未来に動きだす時です。

 そのために、何をすることが大切になるでしょう。私は、ありたい未来を、頭(理屈)ではなく、心と身体で感じることが大きな変化だと信じています。しかし、そのようなことは今のビジネス界の価値基準では「ムリ・ムダ・ムラ」扱いされることも多いでしょう。けれど、本当にムダなのでしょうか?

 年末に読んだ天声人語が印象的でした。私も大好きなイーグルスの名曲「ホテル・カリフォルニア」の出だしで、思わず読み始めると、最近の楽曲のイントロの著しい短縮化の話しです。アメリカの研究者のヒット曲分析結果によると、86年には20秒あったイントロ平均時間は、2015年には5秒に短縮されていたのだとか。ネット上の膨大な楽曲の中から勝ち残り、聞き手の耳に選ばれるためには、イントロは「ムダ」なのだそうです。ちなみに、ホテル・カリフォルニアのあの名イントロは50秒ほど続きます。

 寺山修司さんは「書を捨てよ、街へ出よう」と叫びました。今なら「スマホを捨てよ、実世界へ出よう」でしょうか。私も、国内外、出張や旅に出かけた先で、そういうムダな道草や寄り道から未来への気づきが得られる体験には事欠きません。「わからない時代」だからこそ、ムダや不便や手間からハッとする何かを発見、想像できます。その野性と感性こそ、人間ならではの持ち味のはず。VUCAの時代はRIKTSU(理屈)じゃない。うわべの合理主義に徹することのない人間らしさを活かせば、まだまだやれる。

 お正月も、一年のイントロです。松飾りに注連縄、初詣、こういう結界もムダと言ったらムダかもしれません。しかし、こういう間(あわい)の儀礼は人間ならではの社会プログラムとして開発され、続いてきたのでしょう。確かに、最近はお店も休まずいつもと変わらなくなっていますが、年始のイントロをじっくり楽しんで、VUCA戊戌の年を始めようじゃありませんか。快晴にめぐまれた穏やかな元旦、近所の神社に詣でた後、なにやら未来が楽しみになったような気がします。
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