COLUMN

2018.11.01小林 勝司

ONとONの二拠点生活

 二拠点生活やデュアルライフといったキーワードが社会で話題となって久しい。とかく二拠点生活と言えば、富裕層による別荘生活やリタイア後に農村で暮らすスローライフを想起しがちだ。いずれの場合も実践するためには、金銭的かつ時間的な余裕が不可欠であるため、比較的、シニア層の間で受容性が高いというのが一般的なイメージだ。国土交通省が実施した「都市住民に対するアンケート調査」によると、二拠点生活を「現在行っている」「将来行いたい」と回答する、所謂、実践者及び意向者の割合は全体の54%と過半数に上るらしい。こうした意向者が実践者へと移行することで、二拠点生活者人口は、2020年には680万人、2030年には1080万人に達すると予測している。2030年と言えば、今から12年後の近未来であるが、現在15歳の若年層から59歳の中高年層の半数弱が実践者へと移行すると見込んでいる。
 
 さらに、ある広告会社の調査によると、現在、東京を勤務地とする生活者のうち、最も東京から脱出したいと感じている世代は20代の若年層らしい。東京から脱出したい理由を見てみると、中高年層は「自然環境が豊富な中で生活したいから」という回答者が多いのに対し、若年層は「適度な大きさの都市、適度な距離感の人間関係のなかで生活したいから」という回答者が多い。こうした移住に対する意識の違いから見ても、恐らく、シニア層と若年層とでは、二拠点生活に対する考え方も大きく異なると予測される。

 先日、とある30代前半の男性デザイナーとディスカッションをする機会があった。彼曰く、「最近、東京という煩わしさから離れ、多拠点生活を送る同世代が増えきた」と言う。実際に彼自身も京都の大山崎と滋賀の余呉湖で二拠点生活を実践しており、日常生活において、前者は都市としての利便性を享受し、後者は地元自治体との共同生活を堪能しているらしい。京都を選んだ理由としては、文化度の高い京都に支払うコストは、資本で溢れる東京よりもパフォーマンスが優れていると判断したからだと言う。また、同じく東京と長野で二拠点生活を実践する別の30代男性は、東京の大企業に勤めながらも各々でゲストハウスを運営している。東京で形成されるコミュニティと、地方で形成されるコミュニティを上手に使い分け、各々から得られる経験価値を自らの創造性を高めることに活かしている。要するに、若年層が実践する二拠点生活とは、自分自身の目的や用途に合わせて居住地を使い分ける行為であり、自己実現するための手段の一つなのだ。

 こうした若年層の二拠点生活に対する意識には、一つの住まい方、働き方、コミュニティに縛られることなく、「自らのアクティビティを高めていきたい」という欲求が通底している。他者との出会いや人生の選択肢の幅が広がれば広がるほど幸福度は増すと考えており、言わば、「遠心的な生き方」に基づいている。一方、シニア層の二拠点生活に対する意識には、別荘生活やスローライフを通じて、「自らのアクティビティを休めたい」という欲求が通底している。大切な家族や親しい仲間との時間を深められれば深められるほど幸福度は増すと考えており、言わば、「求心的な生き方」に基づいている。要するに、若年層にとっての二拠点とは、いずれも社会に対して開かれた場として機能しており、「ONとONの二拠点生活」と言える。一方、シニア層の二拠点とは、いずれかが仕事に拘束されたくないなどという理由から、社会に対して閉じられた場であり、「ONとOFFの二拠点生活」と言える。
 
 こうした二拠点生活に対する志向性の違いを生み出している背景には、両世代の生活信条の違いがある。ソーシャルネイティブとして生まれ育った若年層の生活信条は共生であるため、個と集団が切り離される生活にはあまり価値はない。高度経済成長期に生まれ育ったシニア層の生活信条は競争であるため、集団から個が切り離された生活にこそ価値がある。今後、成長社会から成熟社会へシフトし、競争から共生、個人主義から集団重視へと移り変わる。二拠点生活者が1000万人を超える2030年は、「ONとON」を楽しむマルチな生活者で溢れているに違いない。
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