COLUMN

2010.11.15中野 善浩

シリーズ「ソーシャル・ニーズ」#5農業・十年ひと昔の構造転換

 日本の食料自給率は先進国の中では最低水準の40%である。政府では、2020年までに50%とすることを目標としている(今年3月に閣議決定)。しかし直観的には、ひとまず安心できるという水準は60~70%程度であり、それこそが食料自給に対するソーシャルニーズと言えないだろうか。そして、このソーシャルニーズは、早期に成し遂げられることが望ましい。というのは、新興国の経済発展などで、すでに世界の食料需給はひっ迫し、農産物価格は上昇の一途にある。やがて海外からの輸入が難しくなると予想されている。
40%を50%に向上させるには、現状の改善で可能かもしれない。しかし40%を60~70%に引き上げるには、構造転換が必至になるだろう。それを早期にできるのか。困難だと思われるが、海外では短期間で大きな変化が起きている。まさに十年ひと昔である。

 すでに死語になった感があるが、「IT革命」は農業でも起こり、精密農業と呼ばれる分野が確立されてきた。ITを駆使して、作物や圃場に関するデータを収集分析し、科学的知見に基づいて行う精密農業。例えば、各種センサを搭載したトラクターで、土の状態を計測しながら耕運する。広大な農場では、トラクターを真っ直ぐ運転するのも簡単ではなく、耕運や施肥にムラが出てくる。耕運されなかった場所も出てくれば、施肥が重なることもある。そこでGPSのガイダンスなどで、ムラや無駄を解消し、効率化をはかる。日が落ち、暗くなっても作業ができる。ゆくゆくは24時間、無人体制も可能になるだろう。

 精密農業は、ITの性能が大幅に向上した1990年代後半から広がってきた。いまやアメリカ中西部の穀倉地帯では、収量モニタ付きコンバインが40%にのぼり、土壌分析については60%、人工衛星リモートセンシングは25%に達するそうだ。営農面積の大きなEUの国々でも関心が高まっている。

 有機農業も急速に拡大している。オーガニック・ワールド・ネットによると、世界の有機農業面積は、2000年の約1,000万haから、2008年には3,500万haにまで拡大した。10年足らずで、3倍超の伸びである。グリーンな消費者、富裕層と呼ばれる人たちが増えている。多少高くとも、安全で、美味しい高品質の農産物は売れるのである。
有機農業の面積がもっとも多いのがオーストラリアの1,200万ha。次いでアルゼンチンの400万ha、アメリカ195万haと続き、第4位が有機農業でも成長が著しい中国で、184万ha。いっぽう日本の有機農業の面積は0.9万haで、国内農地の0.2%である。

 日本でも精密農業に取り組む動きはある。有機農産物への関心も高まり、流通量も増えてきた。しかし全体的には、世界と比べてスピード感があるとは思われない。 

 先日、関税を原則撤廃して貿易自由化をめざすTPP(環太平洋経済連携協定)について、関係国と協議を開始することが閣議決定された。ところが貿易の完全自由化は、輸入農産物を急増させ、日本農業に大きな打撃を与えるとして、反対する意見も少なくない。
しかし外圧という脅威を、好機とみなす姿勢も重要でないだろうか。海外では、十年ひと昔という変化が起こった。日本でも、できないことはないと思う。日本には固有の事情があり、守りも大切であるが、守りを重視し過ぎると、好機を逃してしまう。繰り返しになるが、食料自給率の大幅アップは重要なソーシャルニーズである。
 
 本文筆者である中野は、東京23区内の100坪農地、千葉県の一反水田などで、素人有機農業に従事してきたことを付記しておきます。
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