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      <title>Terrakoya</title>
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         <title>【コラム】 学びの道具は使いよう～機械にできることは機械にまかせ、人間はより創造…～</title>
         <description>　猛暑が続きますが、２学期が始まりました。ランドセルやバッグを持った子どもたちが再び姿を現し始めます。振り返ると、高校ともなると弁当と部活道具くらいしか持って行かなくなった私とて、小学生時代には何冊もの教科書にノート、筆箱、画材やリコーダーが入った重いランドセルを背負っていました。ふと考えると、はるか40年前と今の小学生のランドセルの中身、つまり「学びの道具」のラインナップは、世の中の大きな変化ほどは変わっておらず、そのまんまなのではないでしょうか。

　しかし、そこにもようやく変化の兆しが現れつつあるようです。８月２６日文科省は「教育の情報化ビジョン(骨子)」を発表しました。情報通信技術を活用して、「子どもたち一人ひとりの能力や特性に応じた学び、子どもたち同士が教え合い学び合う協働的な学びを創造」すると唱っています。また、さらにその一ヶ月前にはソフトバンクやマイクロソフト社などが発起人とり、総務省も後押ししていたようですが、「デジタル教科書教材協議会」が立ち上げられました。発足記念のシンポジウムでは孫正義社長らが鼻息荒く「今の小４（10歳）の子が、30年後に社会の中核になった時、自分の小学校時代の授業はまったく意味が無かったと言われて、先生たちは悔しくないのか！」と煽り、「学生・教師2000万人に電子教科書無償配布を！」、それは馬鹿げた夢ではなく「子ども手当から一人毎月280円を回せば実現できる！」と主張されていました。
 そうなると、ランドセルは必要なくなり、子どもたちは思い思いのマイケースに入れたiPadのような情報端末だけを抱えて通学するようになるかもしれません。さらに、その効用については、さらに「小１から中３までの紙の教科書は一人90冊、22㎏分となりゴミになるけれど、電子教科書ならたたの0.7㎏」と、エコロジーに訴えるほどでした。まさにライフスタイル変革です。

　そんな中の先月、私はある県で開かれた「ICT教育セミナー」で、小中学校の先生方にお話をする機会を得ました。冒頭、お集まりの先生方に私は尋ねました。「みなさんの中で、ＴＶゲームで遊んだことのある方？」100名を超える中で手を挙げたのは2～3名です。「では、iPhoneやスマートフォンを使っている方？」また2～3名。「ご自分の授業に何かICTを活用している方？」これさえ数名という状況でした。たぶん、この県だけがこういうことなのではなく、日本中の学校の先生方の様子なのだと思います。
　もし、このまま電子教科書を導入するとどうなるでしょう？きっと、先生などそっちのけで、ＴＶゲームで日々遊んでいる子どもたちは、ずっとおもしろく道具を使いこなし、それぞれに夢中になって遊び始めるでしょう。そして、そんな授業崩壊を防ぐために、先生たちは必死で子どもたちの道具使いの自由を奪って統制下で授業を進めようとするかもしれません。そして、生真面目にみんなでそろって情報機器を操作するのかもしれません。なかなか、豊かな学びの場としての学校を想像し難くなってしまいます。

　そういうことを考えるとき、私は「てら子屋」を始めた動機に戻ります。世間という器は、ますます情報で溢れかえっていくばかりです。それが、知識社会への一つの変化の特徴でしょう。その中で依然として「覚えよう」とする学び方を続けることは難しくなります。そして、情報に溺れないように閉ざした生き方に逃げたくなるでしょう。もちろん最低限の「覚える」知識は大切ですが、「わかろう」とする学びの重要性が急速に高まるはずです。特に、子ども時代の学びには、ていねいに一つ一つ「わかる」ということが大切になるのではないでしょうか。なぜなら、それによって全体像を想像する力がついていくからだと思います。そこには、単に効率一点張りの学びではなく、ムリ・ムダ・ムラも大いに結構という学びが必要となるはずです。喰らいついていく、自ら動いていく、試行錯誤する学び、すなわち大量エネルギー消費型の学びこそ、心・身・脳で本当に「わかる」ことにつながると確信しています。地球資源やエネルギーとは違い、個人の知的資源とエネルギーは大量に使うほどよいことだと思うのです。そして、そのためには、個人の限界を超えていく生き方の広がりが必要です。そして、中核には「野性」こそ子ども時代に最も大切に育まれるべきだと自らの体験から実感しています。野性あふれるところに感性が生まれ、知性への欲求と受容が進むはずだからです。福澤諭吉先生も我が人生を振り返った『福翁自伝』の中で「まず獣心を成して後に人心を養う」という自身の子育てポリシーを述べています。

　そういう整理をつけながら、情報の大海を進むために新たな「学びの道具」を有効に使っていきたいものです。オムロン創業者の立石一真が唱えた企業哲学「機械にできることは機械にまかせ、人間はより創造的な活動を楽しむべきである」になぞらえば、「機械やＩＣＴにできることは機械やＩＣＴにまかせ、先生は、より生徒が「わかる」という営みを深めるための対話や活動を生徒と共に楽しむべき」なのだと思うのです。人と人との関係性の深まりと広がりこそ、創造的な生き方につながるのだと思います。

　そうそう、最近読んで単純に面白かった小説に伊坂幸太郎さんの『砂漠』があります。読んだ方いらっしゃいますか？西嶋と東堂のコンビが最高でしたね！最後に彼らの卒業式で学長が贈った言葉「人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢のことである」、いい落としどころでしたね。さらに、その言葉を伝え聞いた留年組の西嶋は「それはあれですよ、俺の好きなサン・テグジュペリの本に出てきますよ」という一言も最高でした。『人間の土地』ですよね。「生きる力って、そういうもんじゃないですか」と私も西嶋っぽく言いたくなってしまいました。</description>
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         <pubDate>Wed, 01 Sep 2010 00:00:09 +0900</pubDate>
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         <title>【コラム】 将来を見据えて「教育」を考える</title>
         <description>　自動車免許の更新手続きをするため、先日、京都の伏見区にある運転免許試験場に足を運んだ。幸いにして、私自身、過去５年の間に交通違反等がなかったおかげで、手続きの中では最もシンプルな優良運転者講習を受けて、無事更新を終えることができた。
　前回の更新はちょうど５年前に遡るが、今回講習を受けていると、その間、道路交通法ではいくつかの改正が施されていることをあらためて知る機会となった。たとえば、既に３年前からではあるが、自動車免許に「中型免許」を新設の上、「普通免許」で運転ができる車の規模を縮小してトラック運転事故を未然に防ごうという改正などがその一つであった。
　そのような説明と併せて、手元には参照資料として免許更新時の講習教本が配布されていた。その冊子はつい最近、民主党政権による事業仕分けにおいて、“隠れたベストセラー”と揶揄されて物議を呼んだことで記憶に新しい。実際には講習内容の理解の助けとなるように、こうしたものが全く必要なしとまでは思わないが、国の厳しい財政状況に鑑みると確かに工夫の余地があっても良いとは感じる。

　ところで、日本では財政面の問題が、教育分野に大きな影響を及ぼすということは、まだそれほど表立ってはみられてはいないように思う。しかし、国外に目を向けてみると、アメリカ・ハワイでは財政難が引き金となって、一部の公立学校では週５日から週４日へと、生徒の休みを１日増やす苦肉の策を取らざるを得ない状況に陥っているという。週休３日によって、学校運営に関わる教員やスクールバス運転手、カフェテリア職員などの人件費、また交通費や光熱費といった経費の削減につながるからだ。こうした現状は、厳しい財政状況の下では「教育」という分野が必ずしも聖域ではなく、その矢面に立たされることを痛感させられる。

　一方で、このような様子を見かねて、子どもを持つ親たちを中心に世論では、従来通り週５日制に戻すよう働きかける動きが強まりをみせているそうだ。
　もともと、ハワイはアメリカの中で最も授業時間、授業日数が少ない州として知られる。また、年間の授業日数・授業時間数の最低ラインを定められていないという。そうした中にあって、最近では州を挙げての教育改革への取り組みが出てきている。その流れの一端として、議会ではこの６月に、“義務教育である学校教育において１年間に少なくとも180日の授業日数を必要とする”との法案を制定していることがニュースになっていた。これは、州と教員組合が契約を結び2011年度から実施されることになる。ただ、授業日数の増加に伴って必要となる教員の人件費については、州政府はこの夏から交渉を始めて、折り合いをつけるそうだ。まだこれから解決を図らなければならない課題が見て取れ、そう単純な問題ではないことがわかる。

　日本においても、「教育」ということに関しては、政治の舵取りにより進められる面が多分にある。たとえば、平成21年度からは自動車免許の更新のように、教員の資質・能力を保つことを目的に、教員免許の更新制といったことも導入されている。そのような制度の今後のあり方については、現在も引き続き検討が進められているところではある。こうしたことを考えていく上では、当然、財政面なども考慮していく必要性も想像される。とは言っても、次の世代を担う人材を育む“教育”が、国の財政状況など一時的な要因によって左右されるのではなく、しっかりと将来を見通す中でより向上していくような取り組みとして進められることを望まずにはいられない。</description>
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         <pubDate>Mon, 02 Aug 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
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         <title>【コラム】 暗闇がみせる夢</title>
         <description><![CDATA[　じっとりと暑さが絡みつく季節に入ると、怪談話を聞いて涼をとる文化が日本にはあるが、学校には季節関係なく怪談が存在している。
　小学校教諭をしている知人によると、いまでも学校の怪談は健在らしい。知人の担任のクラスで最近噂になっているのは<em>、「午後４時44分に一人で校庭に立っていると、大玉に乗った誰かに追いかけられる」</em>。
　まだ明るく人目もある時間に、一体誰が、何の目的で…などと分析的に考えるとナンセンスな話しである。だが16時で下校を余儀なくされる児童にとって、その後の学校は偉大なるミステリーゾーンなのだろう。

　大学や高校の怪談はあまり聞かない。たいてい舞台は小学校だ。小学生から見て確かに学校には不可解な部分が多くある。先生しか入ってはいけない部屋があり、誰にも使われていない教室やトイレがなぜかある。薄気味悪い標本、曰くありげな肖像画やら銅像やら、壁の落書きやら天井のシミやら…。それに戦前からの歴史を持つ校舎には、かつてそこにいた児童たちの“記憶”や“声”がどこか残っているように感じられる。
　小学生は、探索心や感性が一番逞しい時期である。だが、彼らの知識・行動範囲・情報源は、きわめて限られて偏っている。見ることができぬ世界だから想像力で補完しようとし、意味が理解できないから無理やり意味を持たせようとする。そんな結果が、小学校における怪談文化なのだと考えられる。

　大人にお馴染みの「居酒屋」も、子どもにとってはミステリーゾーンの一つだと思われる。少なくとも私が子どものときはそうだった。居酒屋の前を通ると、大人のガヤガヤ声が聞こえ、換気扇からはニンニク？のような強い匂いがし、この中で大人は何を飲み食いし、どんな面白いことをしているのか、と気になっていた。自分もいつかここに仲間入りする日がくるんだろうか、などとドキドキしつつも、子どもの身分では立ち入ることが許されない“大人の縄張り”だった。

　最近は、小さな子ども連れでも気軽に利用できるカジュアル居酒屋が増えている。店内の雰囲気も健全で明るく、子ども向けのメニューも充実しており、大人も子どももリラックスできる空間に変わってきている。時代に適応した変化ではある。
　ただ、早々に大人の縄張りに入ることを許された子どもたちはどういう感じなのだろう、と考えることはある。例えば私などははじめて居酒屋に入ったとき、大人として迎え入れられた嬉しさがあったが、幼い頃からすでに大人とテリトリーを共有している子どもらは、そんな“先の楽しみ”が無いということだ。大人にとっても、酔っ払った姿を子どもに見られるはきまりが悪い。大人のみっともない一面を知るのは、もう少し大きくなってからで良い。

　社会はどんどん見える化され、あらゆる情報は検索可能となり、大人と子どもの縄張り意識も薄れてきている。子どもにとっての“謎”のベールがどんどんはがされてきている状況は、少々気がかりでもある。
　ブラックボックスの中身を早々に知ってしまうことは、彼らがいつか自分でその箱の中をのぞく楽しみがなくなるということでもある。“暗闇”は、子どもの豊かなインスピレーションの源であり、未知への期待や成長へのトキメキを膨らませるブースターなのだから、あえてベールに包んだままにしておくこともやさしさではないだろうか。]]></description>
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         <pubDate>Thu, 01 Jul 2010 00:20:00 +0900</pubDate>
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         <title>【コラム】 「サービス」と「ルール」の忘れもの</title>
         <description><![CDATA[　「東京では、人に迷惑をかけてはいけないことになっているようだ」
－てら子屋11号で「ホンジュラスの放課後」について書いていただいた古川さんとお会いする機会があり、一時帰国で7年ぶりに訪れた日本の印象を伺ったときのひと言が、胸に残っている。

　友人との待ち合わせの際、携帯電話の電池が切れそうになってしまい、近くで電源を借りようとしたら、どこでも怪訝な顔をされてしまったのだそうだ。

　「人に迷惑をかけてはいけないことになっている」－東京に暮らしていると、それは当たり前のことのようで、改めて考えたことがなかった。いつから、なぜ、そうなったのだろう？

　東京は人に迷惑をかけなくても生きていけるようにデザインされてきたと言えるかもしれない。24時間営業のコンビニに行けばたいていのものは手に入るし、携帯の充電器が設置されている店もある。自動販売機やコインパーキングもそこら中にある。「調味料を貸してください」とか、「ちょっと家の前に車を停めさせてもらえませんか？」などと、近所の人に頼む必要もなくなった。かつて、他人同士の助け合いによって解決されていたいろいろなことが、「サービス」という名前に置き換えられて手に入るようになった。その結果、人に迷惑をかけずに済む反面、「サービスがあるのだから、それを使えばいい。使うべきだ」という規範が生まれることになったのだ。

助け合いや思いやりは、「ルール」にも置き換えられている。
朝のバスで、遠足に行くらしい小学生と一緒になった。込み合ったバスの中で、シルバーシートの前で一列に立っている。リーダーらしい子が、「シルバーシートに座っちゃいけないんだよ」と言うのが聞こえた。シルバーシートは「座ってはいけないもの」。彼らはそう教えられて、そのルールを忠実に守っているのだった。

　シルバーシートが何のためにあるのかを皆が理解していて、自然な助け合いや思いやりがあったなら、「シルバーシートには座ってはいけない」という「ルール」は必要ない。シルバーシート自体も必要ないかもしれない。「座ってはいけない」と教える大人たちは、子どもたちに手っ取り早いルールを守らせることで、そんな社会をつくることを放棄してしまっている。

　「サービス」や「ルール」を整えることは、時間に追われた大勢の人間がひしめき合う大都市の中で、複雑な判断や手続きを省いて、効率よく暮らしていくための知恵だ。しかし、それだけでは解決できない課題をたくさん残している。未来の社会を、「サービス」と「ルール」しか知らない子どもたちがつくる社会にしてはいけない。
－ホンジュラスから日本を見つめる古川さんのひと言に、そんな気づきをもらった。

○<a href="http://www.hrnet.co.jp/publication/pdf/terra11_6.pdf" target="new">てら子屋Vol.11「ホンジュラスの放課後」</a>
]]></description>
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         <pubDate>Tue, 01 Jun 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
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         <title>【コラム】 学びの場の極意～むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、～</title>
         <description><![CDATA[<img alt="099.JPG" src="http://www.hrnet.co.jp/terrakoya/column/images/099.JPG" width="240" height="180" align="right"/>春らしくなりました。青葉がきれいです。青葉と言えば思い出すのがこの歌詞。♪三〇〇人中、二八〇番、だけど尻から数えてけさい♪ いまだに口ずさめるほど気に入って観ていた青春ドラマ『青葉繁れる』の主題歌です。仙台の進学校を舞台にしたこのドラマが放映されていたのは、ちょうど私は中３の頃。このドラマを機に、私はズブズブと井上ひさしさんの言葉の魅力に引き込まれ、ほとんどの著作を読み、こまつ座の芝居もほとんど観てきました。その井上ひさしさんが生前に繰り返し言っていたことがあります。「<strong>むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに</strong>」私もそんな言葉の使い手に少しでも近づきたい。

　「むずかしいことをやさしく」、他者に何かを説明したり教えたりしようとするとき、何ともこれが難しい。中途半端な知ったかぶりではできないことです。難しい術語を並べて煙に巻いて誤魔化したり、上辺だけをなぞって子供騙しをしたりする。そこですかさず、井上さんは「やさしいことをふかく」を求めます。このためには、理解の深さだけでなく、その表現のための最高の言葉を、最高の場面に配置しなくてはなりません。ここまでやれたら素晴らしい。

　だけど、井上さんは続けて踏み込みます。「ふかいことをおもしろく」。そうなんです、やさしくても、ふかくても、おもしろくなくては受け手の心と腹をブルブル振動させるには至りません。「ユーモア」、それは昨今のバラエティ芸人の人をバカにすることによる「お笑い」とは全く違うはずです。ユーモア（Humour）とは、ヒューマン（Human）から生まれたようです。さらにその先には、湿気や液体に源流をたどるとのこと。血液、体液、人体の約70％は水分のようですが、その人間らしさの源にある液体を揺さぶるものこそユーモアであり、だからこそ腹を抱えて笑っても、こらえきれずに涙をこぼしても、ホンモノのユーモアは、私たちをホンワカやさしい気持ちにさせてくれるのでしょう。

　少し飛躍してしまいますが、私は学びの場に最も必要なものこそ、この「ユーモア」（人間らしさ）だと思っています。先ほどからの、「むずかしいことをやさしく…」は、子どもたちの学びの場に最も必要とされていることではないでしょうか。だから、最初に難しいことに出会った時には、やさしく説いてくれる支え手も大切です。さらに、ドンドン学び進んで「おもしろく」あたりに達すると、自らの創造力、想像力がものを言うはずです。さらに、「ゆかいな」に達するには周囲と共鳴し共振する感受力になるのでしょう。

　少し前に内田樹さんの『日本辺境論』を読みました。そこにも多くの学びへの示唆があふれていました。中でも、「学ぶ力の劣化」を憂えて書かれていた以下の部分が強く心に残っています。

<em>「今の子どもたちは「値札の貼られているものだけを注視し、値札の貼られていないものは無視する」ように教えられています。その上で、自分の手持ちの「貨幣」で買えるもっとも「値の高いもの」を探しだすように命じられている。幼児期からそのような「賢い買い物」のための訓練を施された子どもたちの中では、「先駆的に知る力（＝学ぶ力）」はおそらく萌芽状態のうちに摘まれてしまうでしょう。「値札がついていないものは商品ではない」と教えられてきた子どもたちが「今はその意味や有用性が表示されていないものの意味や有用性を先駆的に知る力」を発達させられるはずがない。」</em>

　きっと、ユーモアには値札はつかないでしょう。だから、（特に総合的な）学びの場は危機に瀕しているのでしょう。もっと、学びの場をユーモアで充たさなくては。そう思うと、井上ひさしさんの主張は、じつは「学びの場の極意」だったことに気づかされます。気づいたからには、私は「てら子屋」を通して、この極意を求め続けていきたいと思っています。「ゆかいなことはあくまでもゆかいに」生きていくことを諦めないようにしたいのです。井上ひさしさんが逝ってしまったのは、ほんとうに残念でした。もっともっと井上芝居を観て、腹を抱えて笑い、涙を滲ませ、心身の水分をブルブル振動させたかったなあ。]]></description>
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         <pubDate>Sat, 01 May 2010 00:00:01 +0900</pubDate>
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         <title>【コラム】 地域活動に対するニーズの高まり</title>
         <description>　人々が暮らしている地域には、それぞれに古くからその土地を形づくっている山や川といった自然、また建物や橋など人の手によって生み出されたものが存在している。最近では、そうしたものに触れ合う機会を持ち、子ども、大人を問わずに、みんながあらためて地域の良さを学ぶという取り組みが目に付く。

　今月の初め、京都で活動するＮＰＯ法人「子どもと川とまちのフォーラム」が主催する、『子どもと大人で川とまちの寄り合い会議』というイベントに参加をした。丸一日かけて実施されたその活動では、午前は琵琶湖博物館の学芸員の方を講師に迎えて、子どもたちが地域を流れる川に入って「川体験」。続く午後は、子どもと大人が一緒に席を並べて川について語り合う「寄り合い会議」が行われた。
　午後の会議は、高校１年、中学２年、１年生の３名がコーディネーターを務め、国交省や京都府・市をはじめとする行政職員、また学校の先生といった大人を相手に議事進行をしていく。そんな子どもが主役の光景が新鮮に映る中、議論の中身はというと「どのような川だったら入ってみたいか」、「身近な川の自慢できるところはどこか」など川にまつわるテーマに沿って、子どもと大人の間で意見が交わされる。会議のやり取りに耳を傾けながら、今の子どもたちが普段川で遊ぶことがほとんどなく、今回のイベントが初めての川体験という意見も少なくなかったことに気づかされる。

　そもそも、昔は川で遊ぶ子どもたちを“川ガキ”と呼び、京都でもその姿がよく見かけられていたそうだ。しかし、近頃はすっかり目にしなくなっている現実がある。確かに、川に限らず自然の中で子どもが遊ぶ機会が減っているといった類の話はしばしば耳にする。今回イベントを主催したＮＰＯでは、そんな現状を憂い、川ガキの存在が川や地域社会の豊かさを表す指標のようなものと考えて、川で遊ぶ子どもたちの育成に取り組もうとしているという。そうした背景の下、会議では、「子どもたちが川へ遊びに行って、川に愛着を持つようになれば、それがきっかけとなって大人も含めて地域の良さである川を守っていく好循環が生まれる」といった大人からの意見も聞かれた。

　もう一つの事例として、場所は東京・日本橋エリア。その地域には、重要文化財に指定されている日本橋が架かっている。橋は江戸時代に諸街道の起点として定められ、現在、その中心には道路元標が記されていることでも有名である。そんな由緒正しい橋を持つ地元では、毎年７月の第４日曜日を「橋洗いの日」として、地域の子どもや大人が一緒に、一時車両の通行を止めて橋を洗う活動を行っている。また、橋の下を流れる日本橋川では、汚泥を分解する微生物を固めて団子状にしたものを投げ入れて浄化にも取り組む。私がこの活動に参加したのは数年前ではあるが、川の水質に関しては年々改善されつつあるそうだ。
　また、橋の保存に取り組む地元団体では、「全国こども橋サミット」といったイベントの開催も手掛けている。子どもたちが「橋」を通じて地域の文化・歴史を振り返り、さらには交通や暮らし、河川の環境など考えてもらうことを目的にしているという。そこでは、全国各地から集まった子どもたちが橋と暮らしの関わりについて発表することで、地域社会への関わりや思いが深まっている。

　子どもと大人の双方が一緒になって、地域について学び、考えるきっかけとなる活動は、このようなケースだけでなく、各地で形を変えて実施されているであろう。傍目から見るだけでは単なるイベントの一つに過ぎない取り組みも、実際に参加してみると、そこでは地元に根差して活動するＮＰＯや団体が、熟知した地域の良さを上手く活用している様子が伝わってくる。地域社会の再建ということが喫緊の課題として叫ばれる中、これからは、地域が活気づき、豊かさを取り戻すこうした活動の必要性がますます高まっていきそうだ。</description>
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         <pubDate>Thu, 01 Apr 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
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         <title>【コラム】 大人のアレルギー</title>
         <description><![CDATA[<img alt="097.jpg" src="http://www.hrnet.co.jp/terrakoya/colum/images/097.jpg" width="240" height="180" align="right" hspace="10" /></a> 

　日本で「電子工作」と言えば、だいぶ郷愁が漂う文化になってしまった感がある。かつてラジオ少年だったミドル世代、あるいは一部のギーク向けのサブカルチャーというイメージだ。
　
　かたやアメリカ西海岸では今、電子工作はかなりアツい分野だ。向こうにはもともとDIY文化がある。木材やノコギリを使った昔ながらの「自分で作ってみよう」文化に、安価に手に入るようになったコンピュータ基盤などのハイテク部品が加わって、面白いアイデアが続々と生み出されている。その様子は<a href=http://makezine.com/magazine/>『Make:』</a>という雑誌などで知ることができる。例えば、自転車にパソコンとプロジェクターをつないだ「簡易ドライブインシアター」や、凧にデジタルカメラをくっつけた「空中カメラ」などなど。この「電子工作2.0」とも言うべきムーブメントに、大人だけでなく子どもも熱狂しているという。

　そんな中、<a href=http://www.signonsandiego.com/news/2010/jan/15/student-science-project-prompts-school-evacuation/>ある事件</a>がニュースになった。サンディエゴの技術系ミドル・スクールに通う11歳の少年が、空っぽのジュースのボトルに電子基板を配線して、モーションセンサーを作った。そしてそれを学校のサイエンス・イベントで紹介したと言う。しかし少年の作ったデバイスを見た校長はそれを“危険物”だと誤解した。そして校長の指示で、イベントに来ていた生徒・保護者たちは避難させられ、警察や消防署まで呼ばれる騒ぎとなった。少年のカバンからは、他にも数々の電子基板が出てきたことも危険視された。少年は自宅のガレージまで念入りに取り調べられた結果、まったくもって無害であることがわかった。

　この事件にはいくつか注目したいポイントがある。まずは、一見超ハイテク・デバイスを、空きペットボトルと基板をつなぐだけで作ってしまったという発想力。しかもその発想が、11歳の少年から生まれたということに驚く。だがそんな反応は、われわれの偏見だろう。いまの時代の少年少女たちにとって、電子基盤もワイヤも、画用紙や粘土や木工ボンドと同列のツールに過ぎないのだろうから。そしてそんないろいろなツールを、組み合わせて・つないで・壊して・つなぎ変えて、といった「いじくり回し」がアイデアを太らせていく。イノベーションの原点は、こんな子どもの無邪気な工作遊びにあるのだ、と。

　さらにこのニュースからわかることがもうひとつ。子どもが面白がる、目新しいモノにはいつも、大人の非合理なアレルギー反応が起こるということだ。若者文化に大人が批判を行う光景は、日本でもよく見られる。それは最先端のデバイスやネットビジネスの発信地・アメリカとて、事情は同じらしい。人々は電化製品に囲まれて暮らす。便利になったと喜ぶ。その便利さは、その中でさまざまな電子デバイスが働いているお陰だ。なのに、その電子部品の仕組みに興味を持って勉強して、それを使って工作する子どもを頭ごなしに否定するというのは、おかしな話だ。

　いまの子どもは創造力が乏しくなった、とよく言われる。だがこの事件を見る限り、創造力を鍛える場や機会を奪っているのは、想像力の乏しい、事なかれ主義の大人だと言える。

　「子どもには危ない」「取り上げた方が良さそうだ」。大人の判断には、根拠のあるものもある。でも、根拠の無い、勝手な思い込みが介在している場合も多々ある。大人の独り善がりの“安心”のために、子どもの想像力や発想力を伸ばすチャンスが犠牲になっているとしたら、これは憂えるべきことである。]]></description>
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         <pubDate>Mon, 01 Mar 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
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         <title>【コラム】「ふるさと」をつくる修学旅行</title>
         <description><![CDATA[　都市部の小中高校を中心に、田舎の一般家庭に宿泊して農作業などを体験する「民泊型」の修学旅行が増えているという。「民泊型」が増え始めたのは5年ほど前から。日本修学旅行協会のサンプル調査によると、2008年は、全国3万9000校のうち、1000校近くが「民泊型」の修学旅行を実施したとみられている。全体からすればまだ少数ではあるが、面白い試みだ。

　人気の行き先のひとつに、私が高校の修学旅行で訪れた伊江島も含まれていた。那覇のホテルに泊まり、日帰りで島に渡った。遠浅の静かな美しい海に真っ白な砂浜。レンタル自転車で島内を散策していると、学校帰りの小学生とすれ違った。たまたまだったのかもしれないが、素足で歩いていた彼らを見て、「うらやましいな」と思ったものだった。都会のアスファルトの通学路では、素足で歩くわけにはいかない。目が合って、「こんにちは」と挨拶を交わし、擦れ違った。けれど、「旅行者」である私たちと、その土地で暮らしている彼らの接点はそれだけだった。

　しかし、「民泊型」の修学旅行の様子はこれとは違う。学生たちは一般の家庭に泊まり、農業や漁業、商店、食堂などの家業を手伝いながら、普段の島民の暮らしをまるごと体験する。一泊とはいえ、家族のように共に過ごす時間は濃密なのだろう、島を離れるとき、別れを惜しんで涙する学生も少なくないのだという。「島のお母さん、お父さん」と、手紙やメールでのやり取りが続くことも。修学旅行の後、家族と共に改めて伊江島を訪れた学生も160人にのぼるのだそうだ。

　修学旅行から帰れば、またそれぞれの日常が始まる。けれど、自宅から遠く離れた小さな島にもうひとつの「ふるさと」ができるということは、学生たちが、「沖縄」という地について、普段生活している都市部と異なる地方ならではの事情について、｢環境｣や「過疎」の問題について･･･、日頃メディアを通じて情報を見聞きする際にも、より身近で、自分に関わりのあることとして捉えることにつながるはずだ。

　受け入れ側の島の人々にとっては、経済的なメリットはもちろんのこと、自分たちの住む土地の持つ魅力を再発見し、誇りを持つことにつながる。「子どもたちがすべてに感動しているのを見ると、嬉しくなる」「自分の子どもも食べなかったシブイやパパイヤ、ヘチマなどを説明しながら出して、沖縄の食べものを見直している」（情報誌「しまたてぃ」より）といった島の人たちの心の動きは、外からやってきた修学旅行生たちとの交流がもたらした、新たな財産とも言えるだろう。地域の宝を掘り起こし、未来への宝を育んでいく、こんな素敵な取組みが、全国各地で広がっていくと良いな、と希望を感じる。

○社団法人沖縄建設弘済会　情報誌「しまたてぃ」48号　p44-46
<a href="http://www.okikosai.or.jp/20kouhou/simatatei/top48.htm" target="blank">http://www.okikosai.or.jp/20kouhou/simatatei/top48.htm</a>]]></description>
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         <pubDate>Mon, 01 Feb 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
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         <title>【コラム】身につく学び</title>
         <description>新年明けましておめでとうございます。

　例年ですと、お正月をはさんだ前後二ヶ月くらいの間、私たちは学びの研究機関誌「てら子屋」発刊の準備で慌ただしくしています。先日も、いつも年一回の「てら子屋」発刊を楽しみに待ってくださっている方から、「今年も、どんな特集テーマで出てくるのか、楽しみにしていますよ」と連絡をいただきました。そんな期待の数々にしっかりと応えるべく、私も編集責任者としてこれまで頑張ってきました。
　しかし、今シーズンは残念ながら機関誌発刊はお休みです。ワークショップもお休みしました。そういうわけで、なにやら足りない感じがつきまとうこの頃です。なんとか再び、変化の先の未来に向けた「学び」をテーマに、私たちのパブリシティ活動を復活させたいと思う新年の幕開けです。
　　　　　　　　　　　　　　　＊＊＊＊＊
　というわけで、私は「てら子屋」という媒体を、どんなテーマでこしらえるか、そのためにはどんな話題を集め、どんな人たちの力をお借りするとよりよくなるか、いつもセンサーを働かせています。この新年のコラムでは、私が「次は、この人に寄稿していただきたい」と思っていた中の一人のお話を少しだけ紹介させていただこうと思います。ご本人には何のお話もしていないのですが、何卒ご容赦願えればと思います。

　その方とは、京都大学大学院教授の辻本雅史先生です。先生のご専門は教育史、特に江戸時代の教育、社会思想や文化をご専門とされる歴史学者です。つまり、「てら子屋」の原点としての「寺子屋」を再考するには、ぜひともお話を伺わなければならない方として考えていたのです。
　最近、どうも私は歴史研究者の仕事に惹かれることが多いようです。現在から刻々と変化するその先へ、常に前方視界に注意を払い、新たな情報を漏らさぬよう目を開き続けるトレンド・ウォッチャーの仕事より、史料などの過去からの残りものをたよりに、後方視界を広く深くとり、たっぷりの時間蓄積の中で磨き上げられた歴史の鏡の上に、今そして近未来を投影してみようとする仕事に、確かさと安心感を覚えます。年齢のせいでしょうか。

　昨夏、ある研究会の場で、私は辻本先生のお話を聞く機会を得て、多くの興味深い江戸の教育の特徴を知りました。たとえば、個別学習、自主学習、個性発揮の場であった寺子屋（手習い）の学びの話しがあります。一つの寺子屋では、一つの手本を使うのではなく、その子どもの家の職業に合った手本を使用して、キャリアやスキル教育にも配慮されていたようです。
　また、朝早くから仕事が始まる豆腐屋の子と、夜遅くまでの仕事で朝の遅い居酒屋の子では、それぞれの家の生活時間のリズムに合わせて登校時間も違うということもあったそうです。自ずと授業も一斉形式ではなく、朝一番で師匠から手渡される手本をもとに、ひらすら手習いを繰り返す自主学習スタイルや、自分らしい草書体の書き方を身につけることを通じて個性を開発していくというのも、「個性が大事」などと頭ごなしに言われるだけの授業とは違い、日常の学びの営みからの自然な個性磨きです。
　そして、師匠の役割はといえば、一人ひとりの子に最適な手本を与えること、つまり学びのモデルを提供することと、自主的な学びを支援するということなのです。師匠は子どもと向き合う位置関係ではなく、子どもの傍らから見守るという位置関係にあったわけです。今、日本の教育界が北欧などの教育モデルから学ぼうとしていることは、じつは江戸時代の寺子屋教育に見つけられるものだったのです。
　教える側の都合による教育ではなく、学び手の都合、必要性、意思に応じて構成された、学び手主体の教育の場が、寺子屋のみならず江戸期の学びの場には存在していたようなのです。そして、知識を教えられて記憶したり、理屈の理解をしたりというよりも、徹底的な読み書きを通して生活の知恵を「身につける」という身体性重視の学びの場だったと言えるのです。現在の学校教育とは、だいぶ違いが明らかなようです。このことは、江戸時代の「学問」の学びとしての儒学についても共通するとして、素読によるテキストの身体化などを例に辻本先生は説明されていました。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＊＊＊＊＊
　高度情報社会に入った今だからこそ、まさに「身につく学び」の必要性が高くなっているのではないでしょうか。ますます生き方も、メディアも多様化が進むこれからだらこそ「身につく学び」が求められるのではないでしょうか。いつまでも、子どもの学びの問題点を「学校教育」の一斉授業の中に押し込んで処理しようとすることに誤りがあるのかもしれません。
　だから、日常の生活世界が、もっともっと学びの場の価値を顕していくことが必要なのだと感じています。それは、子どもたちだけの学びの場ではなく、取り巻く大人たちの学びの場、学び合う社会に発展するはずです。こんな初夢のような話題をもって、年の初めの「てら子屋コラム」とさせていただきます。今年もよろしくお願いいたします。</description>
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         <pubDate>Fri, 01 Jan 2010 00:00:57 +0900</pubDate>
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         <title>【コラム】環境への意識の変化を経て</title>
         <description>　久しぶりに車を運転して高速道路を走っていると、以前と比べてハイブリッド車が随分増えている様子が目に留まる。地球温暖化の防止に向けて温室効果ガス削減が叫ばれる中、人々のエコ意識が高まりを見せ、また政府によるエコカー減税や購入補助金が後押しして、ハイブリッド車の需要が急速に伸びていることがわかる。

　そのような光景を横目に、前に聞いたある自動車メーカーのエコプロジェクト立ち上げ期の話を思い出した。現在のように環境問題がクローズアップされていなかった1990年、環境に関する世論調査では「エコへの関心あり」はわずか５％、「エコ商品購入意向」に至っては０％とそれは結果にも如実に表れていた。その後、1996年にそのメーカーがエコへの取り組みを正式に表明し、プロジェクトが本格的にスタートすることになる。その際にも同様の世論調査が行われたが、「エコへの関心あり」は50％に上昇していたものの、「エコ商品購入意向」は依然として５％と低い水準に留まっていたという。当時、人々のエコへの意識は徐々に向上しつつも、エコ商品購入の行動までには高いハードルがあったことが窺える。

　そんな厳しい状況下で始まったエコプロジェクト。そこでは車の負の部分にもしっかりと目を向けて、マスコミ等を通じて人々のエコへの認知と理解を促し、またシンポジウムやセミナーの開催によってその共感につなげるといった間接・直接広報を上手く織り交ぜながら進められることになる。そして、1997年の第３回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)で議決された「京都議定書」に合わせてハイブリッド車を世に送り出し、それにより“環境イメージＮｏ．１企業”の達成につながる。それが今からちょうど12年前である。あらためて、そこから今日までを考えてみると、ここ最近のハイブリッド車普及の勢いには目を見張るものがある。そうした中、私たちは今、周りを走っている車の変化を眺めるだけで、おのずとエコということについて日頃から意識させられる状況であると言える。

　そう言えば、先日、教育関係の方にお話を伺う機会があった。その中で現在の学校教育において昔と比べて確実に変わっているものの一つに、「環境教育」ということが挙げられた。そもそも環境教育はここ15年ぐらいの間で学校において行われるようになり、教科は理科だけに限らずあらゆるものにその要素が取り入れられているという。そうした影響もあってか、今の子どもたちは“人類、世のため”といった社会貢献の意識や発想が格段に高まっているそうだ。こんなところからも、昔と違って、今の子どもたちを中心にエコ意識は、想像以上に備わってきていることが感じられる。

　ここ数十年の間に私たちは環境ということに対して、日常の風景から学び、また考えることができるようになってきている。また、次代を担う子どもたちに至っては、既に学校教育の中で多くのことを学び、それに根差して現在の社会を見ていることになる。最近、京都のまちづくりに関する議論の場へ足を運んだ際、そこでは35歳以下の若者からの意見として、エコへの取り組みでは「みんなが無理なく少しだけ努力（＝“１％運動”）」というフレーズの提案がなされていた。
　エコ意識の醸成への流れは確かなものとなりつつある中で、これからはそれを土台として一人一人が具体的なアクションをどのようにしていくか、ということが強く求められていくに違いない。
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         <pubDate>Tue, 01 Dec 2009 00:00:00 +0900</pubDate>
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         <title>【コラム】 南国のリズムに学ぶ</title>
         <description><![CDATA[<img alt="092_01.jpg" src="http://www.hrnet.co.jp/terrakoya/column/images/092_01.jpg" width="240" height="180" align="right" hspace="10" /></a>

　1週間ほど、ハワイのオアフ島に行ってきた。日本人にとってハワイと言えばあまりにメジャーなリゾート地だが、ホノルル市内から車で１時間も走れば、無造作な海岸やゴツゴツとした山々など、ワイルドな自然もじゅうぶん楽しめる。

　到着の晩、地元の小学校などから集まる子どもたちのフラ・コンサートに招待された。映画『フラガール』、とはいかないまでも、日本の小学校の運動会や学芸会のような息の合ったパフォーマンスを想定して足を運んだ。ところが、子どもたちのフラは、振付もテンポも揃っていないのだ。練習したかどうかという問い以前に、「みんなで心を一つにして息を合わせて踊ろう」という意思が感じられないのが不思議だ。周囲の子どもたちからワンテンポずれている少女もそれを気にする風でもなく、楽しげにマイペースに踊っている姿が、観光者向けのフラしか見た事のない私にとっては新鮮な光景だった。
　
　フラの先生から話を聞いてみた。「フラは元々、人間が自然の恵みをもたらす神様に感謝を表現するもの。それぞれ気持ちがこもっていれば、振りを揃えることはそんなに大事なことではない」らしい。日本の学校行事の出し物では、とにかくみんなが揃うことが重視されるけれども、土地が変われば教育方針も変わるのだ。常夏の気候、美しい自然、そして多様な人種といった条件が揃ったハワイならではの、大らかな哲学をみた。


<img alt="092_02.jpg" src="http://www.hrnet.co.jp/terrakoya/column/images/092_02.jpg" width="240" height="180" align="right" hspace="10" /></a>　わずかの滞在ではあったが、土地が変わることで私の生活や考え方もずいぶん影響された。例えば朝。せっかくの休暇だし、目覚ましをかけずに好きなだけ寝よう――と思っていたが、目覚ましの代わりに、照りつける太陽が私を容赦なく目覚めさせた。ビーチに面した寝室には朝６時にもなると、水平線の向こうから顔を出す太陽の光が差し込みはじめる。やがて薄いカーテンでは遮れないほど眩しくなり、『北風と太陽』の旅人のように、太陽のパワーに負けて渋々起きる生活を繰り返すうち、早寝早起きの生活が自然と身についた。「マイ」ペースではなく、ハワイという「土地」のペースに飲み込まれたわけだ。
　
　いったん土地のペースに飲み込まれると、ガイドブック片手にセカセカと観光するより、気の向くままにビーチで泳いだり、辺りを散歩したり、トロピカルドリンクを飲みながら木陰で無為な時間を過ごしたり、という時間の使い方を志向するようになった。レストラン店員の大雑把なサービスも、時間にアバウトすぎる地元のバスも、気にならなくなった。ハワイの信号は切り替わりが早いが、クルマのドライバーは横断歩道で渡りきれないお年寄りをゆっくりと待つ心のゆとりがあるし、大きな病気を持つと言う年配ご夫婦も毎日を朗らかにいきいきと過ごされていて、とてもそんな風には見えない。
　
　言葉としては何度聞いてもピンと来なかった、「スローライフ」とか「ロハス」といったライフスタイルの良さは、なるほどこういうものなのかと、全てがゆったりとした南国の土地のリズムに身をゆだねることで初めて、“身体化”して理解できた。環境が人間に与える影響は、実に大きい。

　翻って、普段暮らしている「東京」は人々に一体何を教えているのだろう、と思うと考え込んでしまう。人工的な環境、人工的なリズムに支配されたメガシティーは、決して子どもたちに望ましいことを教えているようには思えない。自然の恵みを感じる場がほとんど無い都市環境で暮らす子どもたちに、「自然を大事にしましょう」というメッセージを発信したとして、それはどれだけの実感や説得力を持って彼らに響くのだろうか？第一、子ども以上に、大人の行動や考え方が、都会という環境から大きな影響を受けてしまっている。そのことを私は今回の旅で思い知った。知らず知らずのうちに人間に影響を与えている「土地」や「環境」という外部的な要因を、もっと真剣に捉える必要があるだろう。]]></description>
         <link>http://www.hrnet.co.jp/terrakoya/column/093.html</link>
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         <pubDate>Mon, 02 Nov 2009 00:20:00 +0900</pubDate>
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         <title>【コラム】「若き大陸」アフリカの未来</title>
         <description>　今、アフリカは、急速に成長しつつある市場として注目を集めている。その大きな特徴のひとつは、世界で最も「若い」人口構造だ。アフリカは全人口の41%が15歳未満で、世界で最も「若い」地域のひとつだという。これはインドの33％、ブラジルの28％、中国の20%と比べても高い割合である。日本はさらに低く14%であるから、約3倍にあたる数字だ。この「若き大陸」に興味を引かれ、『アフリカ　動き出す9億人市場』（※）を手に取った。

　アフリカの若年層が注目を集める理由は、その規模の大きさだけではないようだ。彼らは、その「質」の面でも、注目すべき特徴を持っているのだ。ガーナ人経済学者のジョージ・アイッティ氏は、アフリカの若者世代を「チーター世代」と名づけている。彼らが、親の世代と異なる価値観を持ち、民主主義と透明性、汚職の根絶を求めて、かつてない速さで前進していこうとしていることからだ。チーターたちは、政治変革と経済促進の原動力としても、新たな消費者としても、大きな可能性を秘めている。アイッティが言うように、アフリカの未来は「チーターたちが担っている」と言えそうだ。

　そのチーターたちが抱く希望と、彼らへの周囲からの期待は、教育への大きなニーズを生み出している。パソコンや情報通信技術（ICT）など、新技術を駆使した教育システムも導入されつつあり、2007年には、10年間で60万校のeスクールを設立するプロジェクト「アフリカ開発のための新パートナーシップ」が立ち上げられている。また、MIT創設者ネグロポンテ氏の主導する非営利活動「ワンス・ラップトップ・パー・チャイルド（子ども1人にパソコンを1台）」や、インテルの廉価パソコンを用いた営利目的のベンチャー「クラスメイト」など、非営利・営利ともに、様々な技術や資源、アイディアが教育に投入されている。
　
　高等教育へのニーズの拡大に伴い、最貧困層の学生でもビジネススクールで学べるような、独創的な大学も生まれている。南アフリカのヨハネスブルグのCIDA（コミュニティおよび個人開発協会）は、校舎や書籍、コンピュータ機器など全てを寄贈品で賄っており、学生はほぼ無償で学ぶことができるのだそうだ。就職面接の際にはスーツなどを「衣装ライブラリー」（これも寄付された衣類によって設けられている）で借りることもできるというから驚くが、CIDAでは、この一校に留まらず、アメリカ中に同様のキャンパスを運営する準備を進めているという。

　CIDAのケースは、「教育機会」という言葉が、「希望」や「期待」と密接に結びつくものであることを思い起こさせてくれる。それが、個人の将来にとってだけでなく、社会全体の未来にとっての「希望」であり、「期待」であることも。必要とされるものの中身は、国によって、あるいは時代に応じて異なるかもしれないが、その根本は普遍なのだ。「若」くはない日本でも、全ての人の「希望」や「期待」につながることとして、教育に関する議論ができたなら、と願う。

※　ヴィジャイ・マハジャン（著）・松本裕（訳）　（2009）　「アフリカ　動きだす9億人市場」　英治出版
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         <pubDate>Thu, 01 Oct 2009 00:00:00 +0900</pubDate>
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         <title>【コラム】記憶に残る学びを大切に</title>
         <description>　７月下旬に衆議院が解散となってから４０日間の選挙戦を経て、８月３０日に総選挙が実施された。今回は選挙運動期間がこれまでのものと比べて長く、その間、テレビや新聞などの報道を通して、選挙にまつわる話題を頻繁に見聞きすることになった。したがって、自ずと選挙について考える機会が増える中、ふと小学生の頃、学校の社会科の授業で先生から「選挙権が与えられる年齢になったら、必ず投票に行くように」と、教わったことを思い出した。確か当時の授業は、参政権の一つである選挙権を例に挙げて、「権利は行使しないといずれなくなってしまう」という趣旨の内容だったという記憶が甦る。

　過去に学んだ事柄について、日頃なかなか思い出す必要に駆られることは少なく、またいざ思い出そうとするとすぐには頭に浮かばないものである。今回、たまたま“選挙”という話題がきっかけとなって、かつての学びが頭の片隅にあることを再確認できた。それと同時に、そうした記憶は、社会の中で生きていく上で、何かしら考え方や行動への指針として、自分自身の中に残っているということをあらためて実感させてくれた。

　そうこうして昔の記憶を辿っていると、当時、学びの場であった小学校は地域柄、グラウンドがとても手狭で、運動会の時などはトラックのスペースの確保で目一杯だったという情景も思い出される。
　そんな学校の校庭について、以前ニュースで、最近は従来の土から徐々に芝生に変わりつつあるということが取り上げられていた。校庭の芝生化では、「安全かつ多様な運動を可能にする」「環境教育の教材として活用できる」「砂の飛散・気温上昇を抑える」など、子どもたちの教育面だけでなく、環境面でも効果が期待されているという。文部科学省の統計によると、全国の校庭がある公立の小中高のうち、1,506校（2008年５月時点）が芝生化され、５年前と比較するとその数は25％増加している。

　芝生化の実施は、文科省の補助による整備、あるいは地域の自主的な取り組みなど学校によってケースバイケースとなっている。なかでも、学校は子どもたちだけでなく、近隣の人々も集う場所と位置づけているところでは、地域が主体となってその取り組みが積極的に進められているそうだ。そして、そうした地域の人々が協力して芝生化を進めるということが呼び水となって、人と人とのつながりを取り戻し、コミュニティ再生への変化をもたらすという副次的な効果も見られるという。当然、こうした校庭の芝生化を通して、子どもたちを育む環境が充実し、そこでの学びの内容がより深く印象づけられることへの期待が膨らむ。

　冒頭で触れた今回の選挙では、教育ということに関してもさまざまな議論が交わされていた。「格差」という言葉をしばしば耳にする現在の社会において、教育を受ける機会の平等などは当然大切にされなければならない。一方で、そうした制度や仕組みもさることながら、子どもたちの記憶に残るような学び、またそれを効果的にするような環境などについても、しっかりと築き上げ、整備していくことが求められるように思う。「子どもたちが将来、多くの学びの記憶を糧としながら生きていけるような実りある教育の実現を」という思いを抱きつつ、今回、有権者として一票を投じてきた。
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         <pubDate>Tue, 01 Sep 2009 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>【コラム】僕らの未来予想図</title>
         <description><![CDATA[<img alt="090.jpg" src="http://www.hrnet.co.jp/terrakoya/column/images/090.jpg" width="170" height="240" align="right" hspace="10" /></a>

　「21世紀 交通のエース!　空のマイカー」、「秋のえんそくは宇宙船で月めぐり」、「ゆめの大都市たんじょう 海にうかぶ新東京」、「人工たいようで夜のないせかい」、「海底の巨大都市！」、「高山や海底へも自由にゆけるハイウェイ」、「きみの家にも登場!!お母さんロボット」・・・・・・

　戦後の復興期から高度経済成長期は、少年少女雑誌で、イマジネーション豊かに未来の科学技術の夢が繰り広げられた時代だった。文京区・弥生美術館で開催中の「昭和少年SF大図鑑展」に足を運び、当時の雑誌の表紙やグラビア特集、マンガや玩具を眺め、科学技術に希望と夢を託していた時代が確かにあったのかと思うと、眩しい気持ちになる。

　展覧会のギャラリーは、40～60代が中心。「これ、あった、あった！こういう特集、大好きだったなあ」と話す60代ぐらいの男性や、プラモデルを見ながら「サンダーバード２号がかっこよかったのよねェ」と思い出に浸る50代ぐらいの女性など、こういった輝かしい未来の夢物語は、この世代にとって「懐かしい未来」の記憶として刻まれているらしい。

　「百年たったら、科学は進んで、きっとこうなるぞ。科学小説をお書きになる先生は、こんなすばらしい東京のすがたを考えました・・・」
　
　昭和36年発行の『たのしい四年生』では、そんな一文とともに「2061年の東京」の予想図が紹介されている。いかにも“近未来”っぽいボディースーツに身を包んだ人々の周りにあるのは、空飛ぶ車や自動の歩道、室内型スタジアム、街角テレビ、高速道路、国内小空港、ヘリポートなどなど。
その未来は100年後どころか、50年後のいまの東京で、空飛ぶ車を除いては実現している。しかし、それが「こんなすばらしい東京のすがた」と言えるかと聞かれたら言葉に詰まってしまうのが、複雑なところである。

　そんなことを考えつつギャラリーを回っていたら、ミドル男性の「いま見るとバカみたいだけど、当時は本気で信じていて夢があったなあ」というつぶやきが耳に入った。なるほど、当時は科学技術を楽天的に信じられていたから、まっすぐな希望に溢れた未来を描けたわけである。
裏を返せば、技術が社会や地球環境にもたらす影響には無頓着であったということだ。だからこそ、「宇宙に大きな鏡を浮かばせて太陽熱を地球に送り、南極の氷を溶かして港をつくる」、「東京に人が集まって道路やビルが満員になったら、海に無限に人のすむ場所を広げればいい」といった、いまは環境問題として取沙汰されるであろうアイディアも、「輝かしい夢」として描くことができたのだ。

　21世紀の子ども達は、科学技術にできること／できないことがあり、ポジ／ネガがあるという事実をよく知っている。私自身を振り返ってみても、学校では、科学技術の素晴らしさより、ネガティブな側面を教えられた。工場からの煙や排水で汚される自然、原油にまみれた海鳥、公害に苦しむ人々…。最近では総合学習の導入もあり、さらに環境教育がさかんになっているようだ。そのように、科学技術を諸側面から捉えることができるというのは、21世紀ならではの「賢さ」を身につけた子ども達とも言えそうだ。

　とはいえ、いまの子どもが未来を見渡す“窓”が、小さくなってきているのは気がかりでもある。少年向けの読み物をとってみても、「週刊少年○○」の巻頭を飾るのはアイドルのグラビアで、漫画もSFものはほとんどない。「小学○年生」でも、職業選びや記憶力をよくするために脳をどう使うかといった特集はあっても、未来の社会や暮らしがどうなるかという話題はなかなかお目にかかれない。かつての少年少女誌が多くの子ども達にワクワクするような未来観を与えることに貢献したことから見ても、ときには大人の側が大胆不敵なイマジネーションをもって、希望ある未来予測を子どもに発信することも重要ではないかと思う。

　白紙に自由に絵を描くように、奔放な夢を見ることができた時代を眩しく感じつつも、21世紀の、思慮を持ちながらも科学技術を当たり前のものとして使いこなす子ども達のつくる、新しい未来に期待を抱きたいと願いながら会場をあとにした。

＊＊＊
<a href="http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/" target="blank">○弥生美術館</a>
「昭和少年SF大図鑑 展 ― S20～40'ぼくたちの未来予想図 ―」（2009年9月27日（日）まで開催中） ]]></description>
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         <pubDate>Sat, 01 Aug 2009 00:00:00 +0900</pubDate>
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         <title>「てら子屋２００９」開催休止、学びの研究機関誌「てら子屋」休刊のお知らせ</title>
         <description>今夏のてら子屋ワークショップは、主催者（(株)ヒューマンルネッサンス研究所）の諸般の事情により、開催を見送らせていただきます。毎シーズン、参加を楽しみにしていただいていたみなさまの期待に応えることができなくなり、誠に申し訳ありません。心よりお詫び申し上げます。また、学びの研究機関誌「てら子屋」も休刊とさせていただきます。

なお、私どもヒューマンルネッサンス研究所の社会生活研究は今後も継続してまいります。スタッフ一同、「てら子屋」ワークショップ、機関誌の再開に向けて尽力してまいりますので、今後とも本ウェブサイト等を通じて私どもの活動を見守っていただければ幸甚です。なにとぞ、よろしくお願い申し上げます。

研究部長　中間 真一</description>
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         <pubDate>Mon, 20 Jul 2009 23:13:33 +0900</pubDate>
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