FUTURE SCOPE

2018.12.15

人工知能がもたらす、人間と社会が自律する未来

京都大学・西田 豊明教授インタビュー

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Tech ICT,AI

西田 豊明教授

 社会・技術・科学の未来を描き出すヒントを得るために、先進的かつ独創的な未来ビジョンを持った有識者へのインタビューを行う「未来スコープ」。
 第2回目は、人工知能とインタラクションに関する研究に長年従事されている京都大学大学院情報学研究科・西田 豊明教授に、人間と社会の「自律」する未来社会の展望について本音で語っていただいた。

機械にできることを人間がやってもいい

 「機械にできることは機械に任せ、人間はより創造的な分野で活動を楽しむべきである」と言うとき、その背景のロジックがとても大事だと思います。
 これまで人間がしなければならなかった仕事を代行できるというところがAIの特技です。その仕事をしたい人が誰もいないとき、「機械にできることは機械に任せ」はその通りだと思います。他方、「AIができる仕事を人間はしてはいけない」ということにはすべきでないと思います。往々にして、「人間の仕事を機械に置き換える」というビジョンが「機械にできることは人間がしてはいけない」という考え方にすり替えられてしまうことがあります。そこには違和感があります。人間の仕事、機械の仕事をスッパリ分けるのではなく、状況や人間の気持ちに従って使い分けるというのが私の考える「人間調和型技術」のありかたです。

繰り返し作業から生まれる「創造性」

 現在、人間が仕事をする理由はたくさんあります。楽しみや人間関係を広げるためにする仕事もあれば、お金を稼ぐためにいやいやながらする仕事もある。後者のような義務でやっている仕事は全部AIに任せるべきです。他方、前者のように好きでやっている仕事は人間のほうに取っておきたい。
 京都の職人のすごさは同じ作業を何回も何回もするところから生まれるのだと思います。失敗するとダメージを受けるというプレッシャーの下で同じことを何百回、何千回と繰り返す中で、ああかもしれない、こうかもしれないと少しだけ遊び心も入れてつくり続ける。人間の創造性は、そんな膨大な挑戦の繰り返しの中から生まれるものが多いと思います。この繰り返し作業がなくなると、人間の「創造性」も衰退してしまうに違いありません。

AIの自律化が進むと生活コストはゼロに近づく

 定年退職して年金生活に入ると、ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)が実現されたときの生活と見かけ上同じになります。
 UBIが本当に実現できるかどうかという問いは専門家の方々の領分になりますが、ここではいつかUBIが実現されると仮定して、その日のことを考えてみましょう。そのころには基本的な生活に必要な物資やサービスのコストはAIによる自律化のおかげで限りなくゼロに近づき、基本的な生活を実現するための一人当たりの労働の分担義務は限りなく小さくなっているはずです。輸送のコストは自動化によって限りなくゼロに近づき、基本的な食生活を実現するためのコストも限りなく小さくなっているでしょう。
 AIによって実現される自律化されたテクノロジーが社会基盤を支えるようになると、人々は自分や家族の生活を支えるためにお金を稼がなければならないという義務から解放されて、自分が本来したかったことに心置きなく打ち込めるようになります。そこから生まれる創造性はとてもレベルの高いものになると思います。

「感謝」が「お金」になる

 「お金的なもの」はなくならないと思うのですが、その意味は変容し、リソースの優先権を獲得するためにお金が使われるようになるでしょう。未来社会ではタダで飛行機に乗れるようになるかもしれませんが、それはエコノミークラスの範囲まで。ファーストクラスに乗るための優先権を得るには「お金的なもの」が必要。また、企業が事業を実現するために有限のリソースを優先的に使用しなければならないとしたら、そのためにも「お金的なもの」が必要になります。
 では、「お金」をどのように手に入れるか?これまでの社会では義務として課された仕事をすることでお金を得ていました。しかし義務としての労働がなくなる未来社会では、「感動」に対する「感謝」のしるしとして「お金的なもの」がやりとりされるようになるのだと思います。ありがとう、の気持ちが生じたときに自分の持っているポイントをあげるというようなシステムです。
 感動を集めて新しい事業を始める人も出てくるでしょう。すでにそういう兆しは結構出てきています。社会から感謝をより多く受けた人がおいしいものを食べられたり景色のいいところに住めたりする社会。感謝を社会で共同管理するためのシステムとしてブロックチェーンが広がっていくと思います。

教育の未来は「道場」

 教育の分野はこれから大問題になっていくでしょう。はっきり言って、今の教育は子どもの能力を押さえつけてしまい、社会的なマナーを教える場にすらもなっていない。今のシステムはいったんつぶして、抜本的に見直しをはかるべきです。
 テクノロジーがあれば、子どもたちを社会の担い手にするために難しいことで子どもの頭のなかを満杯にしてしまうような、これまでの教育は不要になります。子どもたちは、こんなことをしてみたい、こんな風に生きていきたいという主体性さえしっかり持てば、AIが必要な知識を提供し、外国語を翻訳し、数学もしてくれて、夢に近いところまで連れて行ってくれます。そのなかでどうしても自らが手がけて独創したいことがあれば、そこは自分ですればいいのです。
 画一的な教育の代わりに必要なものは、学びたいことをとことん教えてくれる「道場」、つまり、夢をかなえるために必要なことを徹底的に鍛える場所です。テニスの錦織選手が通っていたテニスクラブのようなイメージで、学ぶ側も教える側も相手を選択する相互選択制です。人間が自分自身の経験や人生観を含めて教える場合と、AIが生徒が満足するまで教えたりトレーニングしたりする場合のどちらもありうると思います。

社会の「自律」もAIが支える

 こうした個人が自律して自由に楽しく生きていくという未来イメージがある一方で、それを支える社会が全体としてきちんと機能していかないとストーリーは完結しません。ここがAIの活躍しどころです。
 AIが社会の基盤を支える役割を負うのは明らかですが、それだけでは十分ではありません。社会の中で個人が自由に楽しくやっているようにするためには、ルールを守り、互いに気持ちよく暮らしていけるようにしなければなりません。しかし、そのようなルールやきまりが非常に複雑になり、量も増えると、全部きちんと覚えることができず、誤解が生じたりすることがしばしばあります。そのような場合に、人間がそのようなルールや決まりをいちいち全部頭に入れていなくても、AIが全部チェックしてくれるようにすることができます。
 たとえば、公共の場所で気づかないうちに他者に迷惑をかけているとき、「そんなことしていると迷惑ですよ」とアドバイスしてくれるといった具合です。ただし、それでは道徳心はますます衰退するのではないかという心配もありますので、ここはもう少し工夫が要ります。
 見守りをAI化することもできると思います。見守りは重要な仕事ですが、人間が義務として行うのでは、目の行き届く範囲も限界があり、とても大変です。これからは、見守りの基盤部分をロボット化・AI化していって、コンプライアンスがきちんと守られるよう、確実な巡視を効率的に行うとともに、見守りのメカニズムを社会に対して透明化して、不具合をなくしていかなければなりません。
 ときどき、論文やエッセイの盗用が問題になることがあります。情報のあふれる今の世の中、どこまでが自分のアイデアでどこまでが他で読んだものなのか、区別できなくなっていることもあるので注意が必要です。ここもテクノロジーの出番です。人間が自由奔放に発想し、書く楽しみを味わう一方で、書かれたことがオリジナルであり、他者を傷つける表現が入っていないかどうかなどをAIがきっちり調べてくれるようになると良いですね。さらに、所与のアイデアがどこから生まれ、どのように発展してきたか、人類の知の発展の歴史を追えるようになると素晴らしいと思います。

トランジションの現在、人間の役割とは?

 未来社会を実現するまでの膨大な仕事は到底人の手に負えませんから、これまでの歴史の中で先人たちが培ってきた知恵・技能・知識をテクノロジーによって最大限AI化していかなければなりません。現在はこのトランジションのフェーズに入っています。今まで何となく容認してきた社会システムを、このままではいけないと気づいて変えていくことの連続になるでしょう。トランジションをどのようなシナリオでどのように進めていくのかを考えていかなければなりませんが、このあたりを担うのが現在の人間の役割だと思います。個々人のレベルでは、退職する前に、自分のしてきた仕事を最大限AI化して、次の人がもっとクリエイティブに仕事できるようにしましょう、というのが最近の私のモットーです。

西田 豊明教授

PROFILE

京都大学・西田 豊明教授インタビュー

1954年京都府生まれ。京都大学大学院情報学研究科教授。理化学研究所 革新知能統合研究センター 人とAIのコミュニケーションチーム チームリーダー。専門は人工知能、会話情報学、社会知デザイン。奈良先端科学技術大学大学院教授、東京大学教授などを経て現職。著書『インタラクションの理解とデザイン』(岩波書店)、共著『社会知デザイン』(オーム社)など。

聞き手のつぶやき

AIが道場主やアドバイザーになって人間を教える未来。一聴すると突飛で無機的で奇妙な感じもする。しかし振り返ってみれば、学校の先生よりも私は本や音楽や映画等のいわゆる「人工物」から人生に大切な多くのことを学んできた。そう考えてみると、人類の知恵や経験や創意工夫がパンパンに詰まったAIを師と仰いで学ぶというシナリオは、人間にとっても社会全体にとっても、とても希望に満ちたビジョンである。
(聞き手:澤田美奈子)

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