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【ゲッチョ先生コラム】いのちの授業
盛口 満

  「いのちの授業」に参加した。

 福岡。地下鉄の駅から外に出ると、朝早くだと言うのに、すでに容赦のない日の光が照らしつけていた。背中のザックの重さも追い打ちをかけてくる。

 「おはようございます」

 道すがら、学生と思しき若い人たちが声をかけてくる。どうやら、会場までの誘導をしてくれているようだ。それにしても、授業の始まる1時間も前だと言うのに、学生たちが校門前の道に誘導に立っていると言うのは、いったいどんな授業なのだろうか。

 「いのちの授業」は、K大学・農学部のヒラマツ先生が総合科目の一つとして全学の12年次を対象として開いている授業である。あとで、先生に授業のシラバスを送ってもらったら、履修条件に「学期末に開催される公開セミナーに参加し、運営に協力すること」と但し書きがしてあった。学生たちが誘導に立っていたのは、そういうわけである。そして、僕はその「公開セミナー」に、外部講師の一人として参加したのだった。

 いったい、なぜ、理科の授業なんてする必要があるのか。

 いったい、どのような理科の授業をする必要があるのか。

 理科教師になって30年近くになるが、そんな思いは年々強くなるように思う。

 都市化が進み、消費生活が全面に押し出されている中、人々と自然の間の距離は遠くなる一方だ。

 同時に、科学の専売化が進み、その究極の姿として原発が爆発し、さらになお原発推進の声は消えない。

 そのような中にあって、ヒラマツ先生と、ひょんなことから知り合った。本来は、園芸学の専門家であるらしい。しかし、担当をしている授業の一つが、「いのちの授業」と銘打たれている。その「いのち」という言葉に、自分の前に立ちはだかっている壁を乗り越えるヒントのようなものを感じ、先生の「私の講義で話をしてくださいませんか」という声に、一も二もなく「行きます」という返事をしたのだった。むろん、自分が「いのち」と関わる話ができるという自負があったからではない。その逆である。

 公開セミナーの午前中の演者は二人。一人は塩麹を世に出したAさん。もう一人は、地方自治体に勤務しながら、地域の食育に「いのち」をささげるSさん。こうした講師の顔ぶれは、「いのち」の授業の一つの柱が、食にあるからだ。シラバスには「医・食・農の向こう側の世界を見通せる人になる」というのが学習目標として掲げられている。

 Sさんの話が強い印象を残した。地域の食育活動の中心軸になって活動しているSさんは、学生たちの前に立つと、「今日は用意してきたことを話すのはやめにします」とおもむろに宣言をした。そして自らの夫婦の壮絶な不妊治療と、それがうまくいかなかった経緯について話をしだした。胸のつまるような話である。しかも、ついに数年前、夫婦で話をして、自分たちの子どものことはあきらめたのです......とSさんは続けた「でも、それからは地域の若い人が全部、自分の子どもと思おうと」考えが定まったのだ、とにこやかな顔で彼は言った。地域の食育を考えることは、自分の子どもたちのことを考えること。「だから"いのち"がけなんです」Sさんの言葉に、胸を突かれる。

 「いのち」とは何か。

 ひとつの「いのち」が生き延びるには、ほかの「いのち」をいただく必要がある。

 ひとつの「いのち」が生まれるには、「いのち」のバトンタッチが必要となる。

 再び、問う。「いのち」とは何か。

 それは、見えない「つながり」を見出す、豊かな想像力によって、見出されるもの。

 そのようなものではないだろうか。

 自分なりに、「つながり」についての話をしてみよう。

 そう思えて、ようやく、何を話したらよいかの腹が決まった。ザックの中に詰め込んできた、骨やタネを見せながら、生き物同士の「つながり」の話をした。結局は、いつもの自分の授業であるわけだけれど。

授業を終えてみて、大学の単発の授業で、これほど、学生たちから反応が返ってくることに驚かされた。それは、僕の授業の中身がよかったわけではない。そうではなく、この授業のそれまでの時間において、学生たちは、どんなものにも、想像力を働かせ、つながりを見出す力を見につけていたからだ。授業に参加して、何より、そのような授業が今そこに、存在をしていることに、大きな力を得た。

理科の授業でも、まだ、できることがあるはずだ。

 

 

 

 


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