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てら子屋コラム

流されない安心、流される不安
中間 真一

44.jpg ようやく梅雨空けかという7月最後の週末、裏磐梯の小野川湖畔で開催された「野外体験教員研修会」(主催:・ス野外計画)に出かけた。野外活動の実体験を通して、学びの場としての野外の価値に自ら気づくチャンスを得ようと、集まってきたのは都内の小中学校の先生達。私の役割は、「てら子屋」の実践や調査を通じて感じている問題意識を先生達に投げかける、ディスカッションでの喋り手だ。夜中まで続いた熱心なディスカッションも、もちろん充実したものであったが、このコラムでは、その時のプログラムの一つ、「シャワークライミング(沢登りというよりは、急流の中に入り、流れに逆らいながら上流を目指し登っていくプログラム)」で、私自身も冷たい急流に立ち向かいながら感じたことを綴ってみたい。

 ウェットスーツに身を包み、ライフジャケットを身につけ、「出発前」の写真を撮影の後に、いよいよ出発。沢に降りると、折からの長梅雨からか、かなりの水量である。普段ならば「こんなところは、ピョンピョン石の上を跳んで行ける」はずの地点から、水の流れの力をググッと感じる。「何事も体験が大事。せっかくだから今日は、敢えて一番流れの強い〈王道〉を登って行こう!」と、お腹のあたりまで水に入ると、かなりの水圧を真っ正面から受ける。それまでのハイキング気分のゆとりの表情が一転、力の入った真剣な厳しい表情へ。清流なれど、激しい流れは気泡で真っ白、足もとが見えなくなる。想定外の川底の変化に足をとられ、バランスを崩してしまう。「見通しをつけなくては」しかし、川底の見通しは計算づくでは出しきれない。確率による「運」ではなく、その人が積んできた体験にもとづく「勘」こそが大事になる。

 私も知らぬ間に、これまで何度か体験したシャワークライミングの記憶を必死にたぐり寄せて、足もとの勘を働かせようとしていた。しかし、焦ると余計にダメだ。「もっと、手を使わなくては」、「もっと、目を凝らさなくては」、「もっと、足を踏ん張らなくては」、この「自分の力を総動員しなくては」という気持ちは、普段の事務所仕事の中では得られない。しかし、ここでは力を出さなくては流されてしまう。自分がどこかに行ってしまう。自分を失わないために、自分を総動員する。ふと、この「当たり前」が、そうでなくなっている現代社会に気づいてしまう。「もう、流されてしまった方が楽だよ。流されたって生きていけるよ」、その通り、楽して生きていけるだろうか?

 世の中は、いろいろな激流だらけだ。特に今は「情報の流れ」の勢いが激しくなるばかり。その流れに乗り切れたものが「勝ち組」と言われる節も見受けられる。本当だろうか? 「頭のいい親子の勉強法」を特集した子育て雑誌が飛ぶように売れるらしい。情報を乗りきる生き方ではなく、乗りやすいマニュアル情報に安易にすがって流される生き方に見えてしまう...

 例えば、毎月約700万人が利用しているとされるウェブ上の百科事典Wikipedia(日本語版)では、毎日約300件の新しい項目が追加されているという。確かに便利になった。しかし、ついこの前まで、百科事典と言えば、応接間の本棚に「これが世界の知識だ」とばかりに鎮座していたはずだった。一見、流れに身を委ねてしまえば楽になれそうな情報の流れだが、その濁流の勢いは「わたし」を容易に呑み込む勢いだ。

 小野川湖でのシャワークライミングの体験は、流れに身を任せて楽になろうかと思い始めていた私に、思いとどまるよう気づかせてくれたのだ。流されて楽になれるのはその場限り。すぐそこには、危険な岩や石が硬く鋭く待ちかまえているのだから。上流に向かって、激しい流れに立ち向かい、一歩ずつ前に進んでこそ、その流れから体中で得られるものがあったから。

 また、流されそうになるのはどういう時かを考えてみた。それは、水の中の足が水底から離れた時だ。この時が一番危うい。やはり、流れに立ち向かうには足もとが一番大事なのだろう。しっかり足もとを固めて、一歩一歩自分の前に向かって進んでこそ、本物の安心とゴール地点で目の前に開けた雄々しくそびえる不動滝を素晴らしさを感じることができたのだから。

やっぱり、現場の体験こそ最高の学びの場だ。冷たく激しい水流に抗いながら、都会でまとわりついていた厚い油膜を剥ぎ落としたような爽快さを味わえた。小野川湖の場と時を共にできた仲間たちに感謝の思いでいっぱいだ。出発前と帰還後にみんなで撮影した写真、早く手もとで見比べてみたい。


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