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節句の風景
鷲尾 梓

 「おひなさまを飾ったよ」-父から「写メール」が送られてきた。携帯電話の小さな画面の中に、煌びやかな屏風を背に微笑む雛人形の姿があった。

 毎年、桃の節句が近づいてくると、「そろそろ飾ろうか?来週にしようか?」と家族で相談をしたものだ。押入れの奥にしまいこんだ雛人形を出してきて飾るのはひと苦労なので、皆で力を合わせなければならない。小さい頃は喜んで手伝ったのだが、中学生になり、高校生になると、「まだ、いいよ・・・」と、腰が重くなった。それでも、ほとんど毎年、同じように繰り返してきた行事だ。

 子どものころは、遊びに行った友だちの家で雛人形を目にすることもあったが、他の家庭では桃の節句をどう過ごしているのだろう。気になって調べてみた。オリコンが中・高校生から40代までの女性を対象に昨年実施した調査では、「雛人形を飾る予定」と答えたのは3人に1人(33.4%)。「飾らない」理由の主なものは、「いちいち出すのが面倒」、「出すのもしまうのも大変だし、場所を取るから」、というもの。小学校卒業までに雛人形を飾るのをやめてしまったという人が、全体の3割以上にのぼっていた。

 確かにそう、「面倒」なのだ。それに、どうしても生活になくてはならないものではない。「一年に一度くらい、光に当ててあげないとかわいそうだよ」と、半分は義務感で箱を出してくる。しかし、いざ箱の中から雛人形がその姿を現すと、「あぁ、今年も出してきてよかった」と思うのだ。毎年見ているはずなのに、何年経っても新鮮で、それでいてほっとするような懐かしさもある。一年に一度の再会だからこその感覚だ。箱の中からひとつひとつ飾りを取り出しながら、「去年おひなさまを飾ったのは、雪が降った日だったね」などと話したり、箱の底に敷かれた一年前の新聞記事から、当時のことを思い起こすこともある。そして、「今年も春が来た」と実感する。それが、私が思い起こす「節句」の風景だ。桃の節句に雛人形を飾るのは、こんな時間を過ごすためでもあるのかもしれない。

 子どもの身に災いが降りかかりませんように、健やかに成長しますように。部屋を清めて雛人形を飾り、子どもの成長を願う桃の節句。大きくなった娘たちのためにも面倒がらず雛人形を飾ってくれた両親に感謝をしつつ、自分たちが親の世代になったとき、きちんとその伝統を受け継いでいけるだろうか、と自問する。忙しいから、必要なものではないからと、知らず知らずのうちに暮らしの中から大事なものを削ぎ落としていかないようにしなくては、と思う。


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