COLUMN

2011.04.15中野 善浩

シリーズ「イノベーションの鍵」#5 1万回の試行錯誤を減らせるか?

 某洋酒メーカーで、開発業務に従事する知人がいる。その会社では入社後、一定の年数を経ると、開発職は1年間、通常業務から離れて、自由に研究ができるそうだ。彼が取り組んだのは「和食に合うウィスキー」の開発である。他のアルコール飲料に比べ、ウィスキーは刺激が強く、どちらかというと、食後に飲むもので、また和食には不向きと見られてきた。このままだと市場は限られてしまう。ただし、ウィスキー本来の風味を損なわずに刺激を少なくし、まろやかな味わいを出すことができれば、食事と一緒に飲んでもらえるはず。そう仮説を立てた。
 どうすれば、和食に合うウィスキーをつくれるか。思いついたのは、原酒を炭で濾過することだという。そこで入手可能なあらゆる材料を、片っ端から炭にした。さまざまな焼成温度で炭化し、原酒を濾過し、試飲を重ねてゆく。長い試行錯誤を経て、ある種類の竹を、特定の温度で焼成した炭が、最も好ましい結果を出すことを突き止めた。その竹炭で濾過すると、ウィスキーの刺激は柔らかになり、ほんのりと甘みも出てくる。因果関係はわからないが、結果、そうなったそうだ。
研究成果は特許となり、ほどなく一部の商品に採用された。数年後には、竹炭濾過ウィスキーのキャンペーンが行われ、大ヒット商品となった。以降、類似製法によるアルコール飲料が数多く出回るようになった。

 竹を用いた発明と言えば、エジソンの発熱電球がある。彼はフィラメントを開発するに際して、世界中から6,000種類の材料を集め、それらを炭化させて試作品をつくり、竹が好材料であるという感触を得た。そして、さらに世界から1,200種類の竹を集めて試作し、京都産の竹を材料としたフィラメントが、もっとも優れた耐久性を発揮すると結論づけた。やがて竹フィラメントの白熱電球は商品化され、京都から竹が輸出されるようになった。
 「失敗はしていない。うまくいかない1万の方法を見つけただけである( I haven't failed, I've found 10,000 ways that don't work.)」。エジソンが残した言葉のひとつである。白熱電球の開発が文字通り、そうであったし、竹炭濾過ウィスキーの開発にも当てはまる。

 新機軸を生み出すこと、すなわちイノベーションを起こすには、試行錯誤という過程は必須で、相応の時間が必要になる。簡単に、新たな何かが得られることはない。仮に、新しいアイデアが一瞬のうちに閃いたとしても、それまでの問題意識や思考の積み重ねがあってのことである。
 ところが、社会や市場の変化ますます速くなり、長い試行錯誤の時間を確保することが容易でなくなってきた。そこで近年、外部シーズを活用するオープン・イノベーションやコラボレーションがより重視されるようになってきた。すでに時間をかけて確立された技術や知見があり、他分野で活用できれば、その分野での新機軸を誘発できる。また、参照すべき情報も入手しやすくなった。データマイニングによって大量のデータを解析し、新たな知見を生み出すこともできるようになった。近道へのヒントが得やすくなった。

 エジソンの言葉のように、1万回の試行錯誤という姿勢は、非常に大切だと思う。しかし1万回を大きく減らすことも可能であり、それもイノベーションを促す要因になるのだろう。数年前、大手電機メーカーが竹炭を用いて、リチウムイオン電池の電極の開発を試みていた。彼らは、エジソンのフィラメントのことは知っていただろうし、最初から竹をターゲットにしていたはずである。
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