COLUMN

2011.06.01内藤 真紀

シリーズ「楽園のパラドックス」#3つくってみよう、楽園のトリセツ

 扇風機の売れ行きが好調、と前回田口さんが書いていたが、わが家でも節電対策として購入を検討中だ。東海・関東地方の今年の梅雨入りは平年より12日早かったらしい。ということは、夏本番の訪れも例年よりずっと早いかもしれない。いまのうちから対策を立てておかなければ。
 とくに日中家に閉じ込められているわが愛猫にとっては、節電しつつ猛暑に対抗する術の成否は死活問題でもある。これまではエアコンのタイマーを利用していればよかったが、今年からはそうはいかない。扇風機はどんなタイプをどのように使うのが効果的なのか、わが家に合った簡便で効果の高い冷却・日よけグッズは何か、さらには生活習慣の見直しなど、考えるべきことは多い。
 3月の計画停電のときに実感したが、「電気が止まる!」となるといろいろと頭を使って準備するものだ。電気をふんだんに使うことができた一種の「楽園」は、ある面においてスイッチひとつ押せば考えなくてもよい社会だった。そしていま、私たちは「考えること」を要求されているのだろう。

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 先月、中国・広州へ出張し、郊外のサイエンスパーク「広州科学城」にある日系メーカーの工場を訪問する機会を得た。この工場では、約600人の若い工員たちが電子部品の組み立てや検査などに従事している。日本人駐在員である業務管理部長のお話によると、こうした工員に対してもっとも重視しているのが「品質第一」の徹底だそうだ。
 日本の工場の場合でも「品質第一」が重要課題であることに違いはない。しかし、品質第一を支える5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)の習慣が日本人に比べて身についていないことが多いという。たとえば「使った道具を所定の場所に戻す」「ごみを指定の場所に捨てる」「施設・設備をきれいに使う」などだ。同社では、日常のマネジメントや広報活動を通じて、こうした行動の指導や周知を図っており、どれだけ理解し実践しているかのモニタリングも実施する計画である。
 この話を聞いて、私はある本の一節を思い出した。中国の工場で働く工員の多くはいわゆる貧困地域の出身者であり、そこではモノを持たない暮らしが一般的である。そのため、そこで育った若者にはモノを片付ける習慣を獲得する機会がそもそもない、という内容だ。
 たしかに、体験がなければそれを扱うルールや行動が身についているはずはない。未知・未体験のことがらに対しては、先例を学んだり、実践を通じて適切な扱い方を試行錯誤し、体得していくことが必要になってこよう。

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 寒村の若者と工場労働の出会いのように、新しい環境や文化、技術に向き合うとき、それに相応しい態度が必要だという認識に立って、対応する意識や行動を考え身につけることは重要だ。震災による電力危機への備えは、豊かで便利な「楽園」の維持が危うくなってはじめて考えるようになったものだが、本来は「楽園」がつくられている間に、「楽園」での過ごし方についてもっと考えておくことが大切だったのではないか。
 エネルギーの利用をはじめ衣食住のあり方、生活習慣、人や自然とのかかわり方など、これまでは変化を無自覚に受け入れてきた気がする。これからは変化に対して自覚的に態度を確立する構えが必要になってくるだろう。たとえば「社会・生活の取扱説明書」を個人個人で作成し、情報交換に応じてやライフステージなどに合わせて改訂していくイメージだ。このトリセツの特徴は、「安全上の注意」「使用上の注意」「使用方法」だけでなく、「持続可能性と満足感を両方高める使い方」のページが充実していることと、「保証とアフターサービス」が他者任せになっていない点である。
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