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COLUMN

2012.03.01中野 善浩

シリーズ「2012年のキーワード」#5足元からのビジョン

  今年1月1日から秋田県では「ユタカな国へ あきたびじょん」「あんべいいな秋田県」というキャンペーンを行っている。「秋田びじん」をもじったキャッチフレーズで、ウェブサイトのトップ画面には、和服姿の色白の秋田美人の映像が用いられ、「あきたびじん」という大きな文字列に、小さな「ょ」を付け加えて、「あきたびじょん」と読ませるようになっている。秋田を見直してみると、日本のタカラモノとなる地域資源が多数ある。それらを生かして観光客誘客や県産品の消費拡大へつなげ、秋田のイメージアップに結びつけていく。この春から本格的な県外ピーアールが行われるそうだ。
 
あきたこまち(コメ)、稲庭うどん、白神山地など、全国に通用する秋田ブランドも少なくない。また、小中学校の教育水準や体格は全国トップレベルで、人口当たりの犯罪発生件数は全国でもっとも少なく、物価も低い。冬場に降雪はあるものの、自然に恵まれた、とても暮らしやすい地域と言えるだろう。ところが秋田県民の自己評価は高くない。例えば、ブランド総合研究所による「地域ブランド調査」によると、地元に対する「愛着度ランキング」では毎年のように最低ラインにあり、2011年の調査では、47都道府県のなかで45位である。
 
多くの美点があるにもかかわらず、それが十分に認識されていない。認識されなければ、効果的に生かされることはない。だからこそ、みずからを外部に打って出る。秋田県のことを県外に効果的にピーアールし、多くの顧客が獲得できれば、経済が活性化され、秋田県の良さを地元の人々が改めて知ることになる。それが契機となって、自信や確信ある行動が引き出されれば、秋田県全体の未来やビジョンをつくりだすことになる。ボトムアップ型のユタカな国づくりと言えるだろう。
 
地球温暖化を回避するには、温室効果ガスの大幅削減が必要となる。そのため1990年代には、現状とは非連続的な、あるべき姿を先に設定し、そこから行動指針を導き出すバックキャスティングという発想に注目が集まるようになった。1970年代にも、やはり現状趨勢ではなく、あるべき規範を描くという未来予測法が提唱されていた。それより以前にも、現状とはまったく異なる発想で、未来へ近づこうとするアプローチはあったはずである。だから人類は、長足の進歩を遂げてきたし、いまも「改革」や「チェンジ」などの言葉を耳にする機会が多い。
 
ただし現状を変革し、新たなビジョンに向かって変化するには、まず足元を確かなものにすることが重要である。基礎体力がなければ、人は新たな行動を起こす余裕はない。窮地に追い込まれてから変化の道を探るという選択肢はあるが、後手に回ると、打ち手が限られてくる。変わる必要があるからこそ、なおさら自らのことを再評価、肯定することは大切になる。秋田県に限らず、どこの地域や組織においても、他と違う何かはあるだろうし、それは足元からのビジョンの材料になる。なければアウトだが......。
 
さて、秋田県を訪れ、夜更けに居酒屋に出かけたとする。たまたま近くの席に地元住民がいて、炙ったハタハタを齧りながら日本酒を口にして、強い訛りの秋田弁でぽつりともらす。「あんべいいな」。秋田に来たという旅情をかきたれられる。旅のいちばんの魅力は、普段とは違う異質の何かに触れることである。だから強い個性がある地域には、他の土地から多く人がやって来る。そして彼らと実のある交流ができれば、新たな価値が創造される可能性も出てくる。足元からのビジョンはさらに広がり、前へと進みだす。 
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