COLUMN

2012.05.15内藤 真紀

「見せる」ことから始まる連帯と強さ

何かを愛する気持ちが、「持つこと(to have)」「自分であること(to be)」「行動すること(to do)」の原動力となる。そこに困難があったとしても、愛する気持ち、愛する対象が何かあるからこそ、乗り越える力が湧いたり、制約された状況を楽しんだりできる。この中野さんの主張には私も同感である。to have やto be、to doの対象自体が「愛する」もしくはもっと広げて「関心をもつ」「夢を描く」ことができるものであれば、さらに意欲的になれるし実現可能性も高まるだろう。
 
最近気がかりなのが、そうしたポジティブな気持ちを形成することなしに、さまざまなレベルのto have やto be、to doが外から規定され求められるような状況があることだ。卑近な例だが、職場でいえば「TOEIC750点以上」「リーダーシップのある管理職たれ」「失敗を恐れずチャレンジせよ」などである。
優秀かつ意欲的な従業員であれば、こうした掛け声を手がかりにして、それを実行するポジティブな動機やイメージをつくり上げることができるだろう。しかしそうはいかずに「やらされ感」を抱いてしまう人たちもいる。
また、こうした掛け声の説明として「さもなければ会社が成長できない」というネガティブな未来予想や、「わが社はこうだから」という一方的にも見える宣言が添えられることも少なくない。脅しや押し付けに聞こえるものではなく、従業員が愛着や関心を感じたり、ポジティブなイメージを描くのを促したりするコミュニケーションが軽んじられているように思うのである。
 
昨今、多様な場所で多様な人が多様な仕事をするグローバル化のなかで、求心力の強化を目的に企業が積極的に取り組んでいるのが理念を従業員と共有(理解し自分のものとし行動に表わす)することである。理念の共有を円滑に行う必須の手段が「経営トップの言動」であることは、研究者も実践者も指摘するところだ。経営者自身がその価値観を大切にし、自ら体現し、体現している従業員を評価するような言動が、従業員の理念への共感や愛着を喚起し、体現することのポジティブなイメージを形成することにつながるのだろう。
たとえば理念が明確かつ従業員から支持されている企業として知られるGoogleは、2004年の株式公開時、目論見書に「創業者からの手紙」という但し書きを付けた。その内容は「グーグルは普通の会社ではないし、なろうとも思わない」「公開後も創業者に経営を任せることとし、経営は企業ミッションを維持・達成し続けることを重視していく」というもので、会社のあり方、理念に対する経営姿勢が従業員に広く伝わり浸透する機会となったという。
 
自らを「見せる」ことが、他者にポジティブな気持ちを掻き立てる重要なポイントというわけだが、一方で「見せる」行為を通じてさらに自らの行動を強化することにもつながる。同じベクトルに向いた言動があちこちで見られる組織は、それが企業であれ学校であれ家庭であれ、連帯感と強さをもっているに違いない。そして個々人に目を向ければ、それぞれポジティブに行動しているはずである。
 ※記事は執筆者の個人的見解であり、HRIの公式見解を示すものではありません。
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