COLUMN

2012.09.01鷲尾 梓

ジャパン・ミラクル~リスクをバネに未来をひらく

 「あなたの身をおびやかす危機を知ることができるとしたら、知りたいですか?」
 
 先日のコラムで中間さんが紹介した日本科学未来館の企画展、「世界の終わりのものがたり~もはや逃れられない73の問い~」の中に、こんな問いがあった。
 会場への来場者とウェブからの参加者、計3万8千人あまりの回答者のうち、「知りたい」と答えたのは83.3%。「知りたくない」が16.1%だった。あなただったら、どちらを選ぶだろうか?
 
 会場ではこの問いの横で、和歌山県沖で大地震が起きる可能性が高いことを伝える架空の「地震予報」の動画(「地震発生確率は本日が70%、明日が90%」など、天気予報を模した内容)を流していたというから、多くの人は、具体的な危機として「地震」をイメージしていたと思われる。会場で語られた「知りたい」理由は、「備えができるから」。「知りたくない」理由は「明るく生きられなくなりそう」などだったそうだ。
 
 この結果を見ていて、東日本大震災について報道された「釜石の奇跡」を思い起こした。津波による被害の大きかった岩手県釜石市で、小中学生はほぼ全員が避難することができた。「津波避難三原則(想定にとらわれるな、状況下で最善を尽くせ、率先避難者たれ)」に基づいた防災教育の成果とされ、国内外で大きな注目を集めた。国連機関の世界銀行では、これを「カマイシ・ミラクル」と呼んで「大震災からの教訓」としてまとめ、今秋途上国に情報発信するという。
 
 危機を頭で「知る」だけでは「備え」にならない。むしろ、「不安」を大きくするだけかもしれない。手を動かし、体を動かして、具体的に行動してはじめて、「知る」ことの価値が生まれるのだろう。
 
 実は私たちは、「危機」の存在そのものについては既に知っているのだ。日本の国土は地球の陸地のわずか0.25%であるのに対して、世界で起きる地震のうち約2割が日本で起きている。台風や大雪の被害も多く、内閣府のまとめでは、2001年までの30年間の被害額は世界の16%を占めるという。
 
 「世界の終わりのものがたり」展では、「リスクを完全になくすことはできない世界で、あなたはリスクとどうつきあいますか?」という問いも投げかけている。その結果は以下の通りだ。
 
   見て見ぬふりをする 12.5%
   逃げる 25.4%
   たたかう 26.6%
   利用する 35.6%
 
 この問いのおもしろいところは、回答方法にある。4つの選択肢を表す透明の容器の中に、コップ一杯分のビーズ玉を分け入れるという方法をとっている。これまでいろいろな調査を実施してきたが、こんな方法もあるのか、と驚かされた。自分の選択を自由に分散させて表現するというやり方も珍しいが、なによりも、この方法だと既に回答した人のビーズが見えるので、当然他の人の回答から影響を受ける。
 しかし考えてみれば、現実のくらしの中で「リスクとどうつきあうか?」を判断しようとするとき、人は紙の上でひとつの選択肢に丸をつけるように単純に答えを出すわけではなく、葛藤したり矛盾したりしながら、そして他の人の言動に影響を受けながら、自分なりの答えを導き出していくのだろう。そしてそのようなひとりひとりの答えが積み重なって、世論となっていくのだろう。
 
 「利用する」という回答が35.6%という結果は、私には多く感じられた。会場では、「原発が危険なら風力発電の開発に注力するなど、リスクがあることで新たな科学や技術が発達するから」という意見などが聞かれたという。リスクをなくせないなら、リスクを「次の可能性を生み出すバネ」と認識しなおそう、という積極的な姿勢が表れる結果だ。
 リスクを「利用する」などと考えてもみなかった人が、先に答えた人たちのビーズの多さに励まされて、「そんな考え方もあるのか、それなら私も」と、コップ一杯のビーズのいくらかを注いだケースもあったかもしれない。
 ビーズが人の声だとすれば、リスクをバネに未来へ進もうとする声が集まって大きくなった結果に希望を感じる。どのように「バネ」を使うのか、その先に何があるのか、知恵を出し合い、力を出し合うのは、これからだ。
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