COLUMN

2013.03.15田口 智博

イノベーションの種の育み方とは


 既に生まれつつあった現象を的確に捉えて、商品やサービスのかたちとして事業に結びつける住宅業界の新たな動きが、前回コラムでは取り上げられていた。まさしく、私たちが生活の中で欠かすことのできない住まいに、その時代ごとのニーズに応じた提供がなされているという、非常に興味深い話題である。
 このように人々のニーズをいち早くキャッチし、新たな商品やサービスを生み出していくことは、住宅メーカーに限らず多くの企業が関心を寄せ、日々取り組んでいるところであろう。そんな新たな事業の可能性を確かなものとして具現化していくため、効果的な手法を模索する動きは、最近各方面で顕著にみられつつある。
 
 つい先日、私自身はエスノグラフィーを用いたワークショップに参加をしてきたところである。それは、ユーザー視点からイノベーションを生むための手法とされるエスノグラフィーの活用について、実践を通して会得するというもの。今回、私は商業施設のフリースペースを観察のフィールドに設定したチームの一員となって、グループワークを行った。そこでのお題は、訪問者にテナントへ足を運んでもらう、また購買意欲を高めてもらうため、フリースペース活用による施設内のシナジー効果を生み出すイノベーションアイディアを考えるという内容であった。
 普段は訪れる立場、しかも足繁く通っている場所ではないとなると、観察による新たな気づきというものは少なくはない。まして、それをグループの複数メンバーで観ていくと、さまざまな視点からソリューションのアイディアにつながるものが発見されていく。実際、フィールドの観察を終えてメンバー間で情報共有を進めていく中、1人のメンバーが切り出したある気づきに、他メンバーが情報を追加し、重層的に現場のシーンが目に浮かぶところまでエピソードとして整理・分析が進む。
 グループワークでは、そうしたエピソードを紡ぎ合わせてストーリーをつくり、そこでアイディア創出にあたって最も着目すべきターゲットとなる人物など領域をメンバーの議論を通して抽出する。メンバー全員が視点は違えども、同じシーンを共有できているという強みが、ここでは合意を図りながらイノベーション領域を導き出すことに大いに力を発揮する。そうしてフィールド情報とアイディアを照らし合わせ、イノベーションにつながるソリューションにまでまとめ上げていく。今回のケースでいうと、二日間という限られた時間の中、エスノグラフィーの活用プロセスを学びつつ、最終的にイノベーションコンセプトにまで到達できたのは、まさに手法ならびにファシリテーションの有効性、また多様なメンバーによる取組という点が大いに寄与していることは間違いないであろう。
 
 『イノベーションの理由』という書籍を著されたことでも有名な京都大学大学院経済学研究科・武石彰教授によると、イノベーションを実現するためには"創造的正当化"が鍵となるそうだ。ここでの創造的正当化とは、企業において客観的でない固有の理由しかまだ持ち合わせていないイノベーションの種に関して、そのような状況であろうとも理解ある特定の支持者の獲得を重ねて、社内のリソースがそこに動員されていくことだという。
 
 こうした話を聞くと、多くの企業において現場や顧客起点の価値創造が目指される中、まずは現場や顧客を理解する人員を増やし、イノベーション実現の基盤を整えていくことは必要となろう。そこでは、現場や顧客を複数メンバーで捉えていく、エスノグラフィーのようなアプローチは有効な手法になるはずである。そのような取り組みが定着していくことで、これまでは個人の思いという側面が強かったイノベーションの種が、複数メンバーの思いとして形づくられ、より多くの支持者による後押しを受けて育まれていくのではないだろうか。 
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