COLUMN

2006.03.01中間 真一

大人になりたい社会

 新聞の特集記事に「大学生の幼稚化」が取り上げられていた。最近の成人式も、遠足か修学旅行かと見紛うばかりだ。「30歳成人説」も耳にする。もちろん、そんな大学生や若者ばかりでないことは承知の上だが、彼らの行動や声からは、「大人になることを先送りしたい」、「大人になってもいいことはない」、「大人にならなくてもやっていける」そういう気配が伝わってくる。

 これは明らかに、まともではない。しかし、大人たちが子どもたちに向かって、一方的に批判すべき異常ではない。大学の父母会や授業参観に集まってくる親、そのような場を当然のサービスだと言い切る大学、遠足かショーまがいの成人式にして人集めする役所、このような世の中の大人達の責任こそ重いのではなかろうか。「大人になりたくない社会」、「大人にさせない社会」から、希望の持てる未来は拓けない。

 2月初旬にデンマークを訪ねた。未来社会の研究をしている人々との意見交換が目的だったが、一日をフュン島南部の穏やかな海に面したスヴェンボーという町で過ごし、高齢者ケア施設や基礎学校(小中一貫義務教育学校)を訪ねた。この町は、先進的な高齢者ケアにより2000年に"Best City of the Year"に選ばれている。ここで、先進的な高齢者ケアの施設やシステムもさることながら、私は「大人になりたい社会」を感じた。

 訪問した学校は、中心部にある基礎学校(日本の小学1年生から中学3年生)。海外に出かけて、その土地の小中学校を訪問するのはとても楽しい。校長先生の案内で、各教室をのぞきながら学校内をひとまわり。ある9年生の教室で、私は子どもたちとのやりとりの時間を持つことができた。先生に、「お前ら、金曜日の午後は授業どころじゃないだろう。今日は、日本からお客さんが来たぞ」と紹介され、賑やかに子どもたちとのやりとりが始まる。

「日本って、どんな国だと思う?」と聞くと、「大きな都市がある」「活気がある」「刺激でいっぱい」「すごい、ポジティブな人たちが多い」そこここから発言が飛んでくる。「えっ、日本のイメージって、そんなにいいのか?」と驚いた。「ねえ、これ日本語で書いて!」、「カンフーやって!」など、彼らは見た目ほどませてはいない。一人の女の子が私に向かって"I Love You!"と来た。ドキッとして私も"You love me?"と返すと"No!"、彼氏に日本語で言ってみたいそうな。ノートに "anata aishiteruwa !"と書いて発音を指南した。

 何人かの子に、これからのことを尋ねてみた。「もうすぐ卒業だね。高校に進学するの?」、「私は、女優になりたいから、専門学校に進むことに決めたの」「私は、保育士になるための専門学校に行くわ」二人ともはっきりと答える。「もう、将来の仕事を決めちゃって平気なの?その先はどうするの?」と聞くと、「自分は子どもが好きだから、好きなところで仕事するのが一番でしょ。それに、結婚して子どももほしい。そう考えると、専門学校を卒業して保育士として託児施設で働き、結婚して子どもが産まれたら育児に専念するけど、少ししたら今度は自宅で近所の子どもを預かって保育の仕事を続けられる。もちろん、考えているとおりにならないかもしれないけど。このくらい考えて大人になれば、もっとおもしろいことが起こるかもしれない」。女優を目指す女の子も同様にはっきり応える。「それって、自分で決めたの?ご両親は、とりあえず高校に行けって言わない?」と聞くと、「もちろん自分よ。だって、自分でしか考えられないじゃない!友達や先生に相談するけどね。自分で決めたことだから、両親も応援してくれるわ」「この先、勉強したくなったら、その時にすればいいいし」と来た。「今の悩みは何?」に対して、「バイトとか、勉強とか、他校の男子とのパーティーとか、時間が足りないのが悩み」。まさに、青春全開だ。彼らは15歳の子どもたちだ。

 とりあえず高校、大学へと進学するのが当然となった日本は、本当に「刺激的」で「ポジティブな人々」の国なのだろうか。彼らは、大人になって幸せになる自分を描いていた。そのために、何をすべきか承知していた。かたや日本では、「自分探し」の終点にたどり着けず、引きこもっていく優しく真面目な多くの若者たち。彼我の差は大きい。

 デンマークの知人が、「どうしようもなくダメな人のことを、『やわらかデニッシュ』と言うんだ」と教えてくれた。確かに、デニッシュのパンが、クリスピーな歯ごたえ無く、ふんわりソフトではマズそうだ。人間も同じというわけだ。しかし、日本のパンはますます「ふっくらソフト」が好まれている?

 歯ごたえある大人や仲間たちとのやりとりから、子どもから大人への連続したコースを自ら拓き、成長していける社会。これを支えている大人と子どもの関係を、もっともっと知りたくなった。
(中間 真一)
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