COLUMN

2021.12.01小林 勝司

SINIC理論が生まれたきっかけを探る

オムロン創業者、立石一真がSINIC理論を生み出したきっかけを語った興味深い文献が見つかった。1973年7月に開催された「日本ベンチャービジネス協会シンポジウム」での講演である。

立石一真は、当時を工業化社会から情報化社会への過渡期と認識しており、情報化の仕事とは、工業化社会が志向している情報化社会を創ることであり、具体的には、「工業化社会における諸々の社会現象を捉え、サイバネーションという技術で処理すること」「そのシステムをコンピューティングと自動制御技術で処理すること」と捉えていた。さらに、事業創造の前提としてソーシャルニーズ論を掲げており、社会におけるニーズを出来る限り早く掴み、そのニーズを満足する技術と商品を開発することがマーケットを創造することと考えていた。

要するに、情報化を生業とし、ソーシャルニーズ論を前提とするオムロンという企業の経営者であれば、自ずと来るべき情報化社会がどれくらい続くのかを知りたくなるというのが自然な流れであったのだ。言葉を選ばずに言えば、自分たちの商売が、いつまで“食いっぱぐれない”かを知りたいという強い好奇心が、SINIC理論の起点にあったと言って良い。

その結果として、この講演の中で立石一真は、「それがどのくらい続くのかという予測は、これは私どもの方でSINIC理論というのを3年ほど前に開発しまして、これは成長曲線を使った独特の方法ですが、結論だけ申しますと1974年の来年から2005年までの30年間、情報化社会が続く。(中略)30年続くとすると上り坂はその半ばまでと大雑把に踏んだら、もう15年間は上り坂であるわけです」と述べている。その後の社会・技術動向は、70年代初頭のアラン・ケイによるパーソナルコンピュータの提唱に始まり、80年代のOAブーム、ワールドワイドウェブの登場、さらに90年代のポケベル・ケータイ電話の普及など、あたかもSINIC理論をなぞるかのように情報化社会が加速していったことは周知の事実である。

とかく企業経営は、短期的な利益に囚われがちだが、30年先の長期的な利益までも見据え、SINIC理論を開発した立石一真のモチベーションには、企業理念に「われわれの働きで、われわれの生活を向上し、よりよい社会をつくりましょう」とある通り、社員はもとより、あらゆるステークホルダーや社会全体の繁栄を未来永劫に維持し続けたいという、強い利他の精神が根底にあったのではないだろうか。
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